買い物客は、ぽつぽつと。平日の真昼間。それも全員女性客。男なんか、ほぼ皆無の。水着売り場。

          夏の前に、今年の流行モノとやらを。押さえるために、来てるのか。それとも、少し早いバカンスか。
     俺たちの場合、実は後者。たまりにたまった、有給休暇と。沙羅の都合とが、うまいこと合致した。

     行き先に選んだのは、南の島。ただ…出かける前は。だいたいいつも、こういう“手間”が待っている。

     「…」
     「どっちがいいと思う?」
     「うーん、…」
     「やっぱり黒かな、細く見えるもんね」

     くるり、と。振り向く赤い髪。沙羅。熱心に、選んでいたのは。今年の新作水着。どうやらビキニか。

     ここで”どうでもいい“とか。いってはいけない。経験上、学習済み。それが例え、靴でも服でも。
     胸に当てた、布切れは。どれもこれも、同じに見える。若干色と、形と。何か飾りが、違ってるだけ。

     …むしろ、沙羅の場合は。特に胸元とか“細く”見えたら。まずいんじゃないか…とか。心でつぶやく。

     「プライベートビーチなんでしょ?」
     「確かな」
     「じゃあパレオは要らないかな…サンドレスとかもあとで見ていい?」
     「あー…いいんじゃねーの?」
     「忍の服も買わないとね」

     パレオ、というのは…確か。沙羅の脚を隠す、邪魔な布。俺の…というか。全世界の男の、敵のはず。

     そう。出かける前に、いつも。行き先に合わせた、服か靴を。買いに行くのに、お付き合いさせられる。
     …もちろん、デート自体は。いやなわけじゃない。ただ…沙羅の買い物は。こだわりの分だけ、長い。
     別のところで、待つのも。限界がある。…そもそもデパートは、男の肩身が狭い。テリトリーじゃない。

     というより。沙羅は自分で“作れる”…というか、それが仕事だ…のに。毎回律儀に、買い物に出る。
     半分“視察”を、かねて。自分の店にも、寄る。他の店の、ディスプレイも。参考にしている、らしい。

     あくまでその“ついで”に。俺の服も、見立ててくれる。ギブアンドテイクとはいえ。持て余す時間。

     「ちょっとこれ着てみようかな」
     「…」

     …今日もこの域まで、到達するのに。どれくらい待っただろう。足が棒。顔は無表情で。喜びを隠す。

     「すいません、試着を…」
     「いらっしゃいませ、…ってあの、結城沙羅さんですか?」
     「…そうですけど…」
     「きゃああ嘘、ホンモノですかぁあ?」

     寄って来た店員の、よくある作り声が。一瞬で、興奮の色を帯びる。それももう、慣れっこの事態。
     偽者が出たとか。聞いたことはない…というより。沙羅のレベルまで、“上げる”のが。大変だろうし。

     ただ、またしばらく話は。進みそうにない。とりあえず、あさっての方角…ってどっちだ?…を眺めた。



                   半径30cmバカンス☆【美女の野獣】



     その後で、付き添う俺に気付いて。今度は、ひそひそ話。これもまた、だいたいいつも。起きること。

     「かっこい、…ねー」
     「っていうかお似合い…」

     外見は一応、百貨店らしく。上品にまとまってるけど。中身は最近の。若い娘。言葉はごまかせない。
     ヒールを履いても、俺よりかなり。低い位置の頭。規則ギリギリの、茶色と。巻いた髪。コロンの匂い。

     何となく。居心地が悪くなった。昨今は、喫煙所も遠い。行こうかどうしようか、と。落ち着かない。

     「こちらの商品もお勧めです」
     「うん、迷ったんだけど…黒、かなって」
     「そうですね、定番ですから」

     接客してくれるのは。横から見てる、店員より。少し年齢が、行っている。“チーフ”と、呼ばれてた。
     こちらはこちらで、やはり。言葉遣いが、相応に美しい。短髪で細身。沙羅より少しだけ、背が低い。
     おそらく、雇われるなら。こっちの方だろう。沙羅の店は、客層が。かなり上品だと、聞いている。

     もちろん沙羅が、作るのは。有名顧客の、オートクチュール。既製品はもう。スタッフが担当してる。

     だからこそ。仕事が立て込まない限り。こうして一緒に、旅行とか。行けるような、余裕も出て来た。
     俺もまた普段は。忙しくて、なかなかふたりで。遠出という雰囲気に、ならない。家でごろごろしてる。

     それなりに、付き合いも。長くなって来た。“マンネリ”とか、いわれないよう。努力は必要だろう。

     「…」

     ただ。連れて出たら、出たなり。ひそかな苦労はある。今日は、まだ少ないけど。いわゆる男の目線。

     どこに行っても。そこが女子校でも、ない限り…男がいない場所は。そうそう、あるわけないから。
     じっと見たり、後ろ姿を振り返ったり。しょっちゅう威嚇して。警戒して。…結局、気が休まらない。
     まさか、首に縄をつけて。自分のそばから、離さないわけにもいかない。そう出来たら楽なのに。

     …旅行に行って、リフレッシュどころか。ますます疲れる。本末転倒。それなら家でも、大差ない。
     だから。旅先の候補は、基本。人が少ない場所。今回は南の海。プライベートビーチで、のんびり。

     あと少しで。もう少しで…日本から、脱出して。ふたりきりになれる。期待感と希望。待ちきれない。

     「…」
     「ここの結び目がかわいいんですよ」
     「取れちゃいません?」
     「まぁ、意図的に取らない限りは…競泳用じゃないですしね、大丈夫ですよ」
     「そうですね」

     遠く聞こえる会話。選んだものについて、さらに語り合う。男にはさっぱり、理解不能な。その展開。
     頭だけ、飛び出てるからか。周囲の客…9割9分9厘、女だ…もまた。俺の方を、ちらちらと見る。
     水着売り場とか、いってるけど。置いてあるのは、単なる布着れ。中身のないそれに、興味はない。

     ぼんやりと、視界をあえて。ぼかして眺める世界。早いところ、脱出したい。ため息をついた瞬間。

     「忍、…忍ってば」
     「…どうした?」
     「試着室、待つところありますよって」

     どうやら、飽きてるのは。とっくにばれている。苦笑する沙羅と。その向こうに。まだ興味津々の顔。

     そういう肩身が狭い、男たちの。座る場所。既にあるらしい。どこのカップルも、どうやら同じらしい。
     着いて来るけど。いるところがない。立っていると目立つ。店にとっても、邪魔だから。一石二鳥か。

     「ご案内致します」

     沙羅の手から、水着を預かって。“チーフ”とやらが、先に案内して。店の一番奥へと、通される。

     いくつかカーテンで、仕切られたスペース。通路を挟んで、いくつかソファ。ここが待つ場所らしい。
     俺としても。じろじろと見られて。待っているよりは、まだ。居場所がある方が、若干。しのぎやすい。

     「しばらく他の方をお連れしないよう、いっておきます」
     「…申し訳ないです」
     「いえ、こちらこそ…後で注意致しますので、何とぞお気を悪くなさいませんよう…」

     異様なほどの、低姿勢。おそらく、この百貨店にとって。“結城沙羅様お買い上げ”は。ステイタス。
     『こちら、モデルの結城沙羅さんも買って行かれて〜』的な、営業トークが。使える。プラスの材料。

     どこの業界も。顧客の財布の紐が、固いと聞く。こういう…特に、季節商品は。買控えの対象だろう。

     それ以前に。連れて来る客が、ほぼ。いないという事実…まぁ平日だし…が。台所事情を、物語る。
     丁寧に、サンダルを揃える白い手。上がりこんで。カーテンを、閉める前。一瞬だけ顔を出す。沙羅。
     俺が怒ってないか。心配なんだろう。かなり時間が、かかっている。昼飯もどうするか。決めてない。

     「煙草吸いに行って来る?」
     「…水着売り場のど真ん中通ってか?」
     「ごめん、無理だよね…」

     何度もいうけど。布切れが、並んでるだけ。…視線を浴びせられるのは、もう。慣れてはいるけど。

     「ちょっとだけ待っててね」
     「はいはい」

     離れたくない、とか。いったら。ベタ惚れしてるみたいだけど。否定する気も、権利も。たぶんない。

     …沙羅の買い物は、実は。選ぶまでが、長いだけで。1回着たら、だいたい。よしあしは判断出来る。
     丈を直したりとかは、自分でするし。似合う服…この場合は水着だ…を見つけるのが。職業柄上手い。

     ごそごそ、と。衣擦れの音。薄暗い照明の中。人の形の、シルエットが動く。どこか悩ましい、光景。

     「…」

     それにしても…と。思う。沙羅は沙羅で、自分が。異性の目を、惹くということを。どう思ってるのか。
     よくも悪くも、気付いていない。気付いたら気付いたで。恥ずかしがる。昔より、目立ちたがらない。
     あの露出は、いわゆる。“虚勢”だったのだろう。隠す方が余計に、男を煽ってしまう。ならば…と。

     そんな沙羅を、守ることが許されて。全て見ることを、許されているのは。俺だけ。ひそかな優越感。

     …ただ。異国の男たちは。日本人より、ストレートに。沙羅に興味を示す。俺がいても、お構いなし。
     プライベートビーチに、行くまでの間は。がっちりガードして…と。考えただけで。若干、面倒になる。

     沙羅が、楽しみにしてるから。今回は南の島でいい。けど。次から…本気で北極か南極。と決意して。

     「沙羅」
     「…何?」
     「あんまりものすごい水着は、…」
     「…着替えたよ」

     やめてくれ、と。いいかけた俺の声は、聞こえなかったらしい。沙羅。カーテンが少しだけ、開く気配。
     ばん、と開くより。魅惑的な、そのすき間。のぞき見、といったらまた。いやらしい表現になるけど。

     「…どう?」
     「どう、って、…」

     言葉がふと途切れるのは。見るのに必死だから…というのも、何だけど。驚いて、いすから浮く腰。

     …暑いのと、着替えのじゃまだからか。長い髪を、さりげなく束ねて。いつもは見えない、細い首筋。
     あくまで真っ白な、胸元。豊満とはとても、いえないけど。形のいいふくらみ。黒いビキニが、覆って。
     ほっそりと、くびれたウェスト周り。普段は隠れてる、愛らしいへそ。骨盤はどこか、未成熟な色香。

     そう。割と…というか、大歓迎なほど。布面積が、少な目のビキニ。沙羅にしては、珍しい。その選択。

     ヒールを履いてなくても、長い脚。品定めしてる時には、気付かなかったけど。いわゆる“紐”タイプ。
     意図的に、引っ張ったら取れる。間違いなく取れる。想像しただけで、脳の中が。沸騰しそうな状況。

     上から下まで。言葉もなく“ガン見”されたなら。さすがにおかしいと気付く。沙羅。たしなめる目線。

     「な、何か…恥ずかしいんだけど」
     「見せたのお前だろ」
     「そうだけど、…」

     どこか怯えたような、表情。嗜虐心をそそる。文句なしの美女なのに。自信なさげ。たまらない仕草。

     きゅ、と。肩をすぼめれば。美しい形の鎖骨。俺の視線から、逃れるように。若干、腰をひねらせる。
     首元も、紐結びで。悪戯に引っ張って。取ってしまいたくなる。男の欲望を、一手に。集めた形状。

     というか。今の状態の、沙羅を。浜辺に放り出したら。惨状は目に見える。間違いなく、男が群がる。

     「と、とにかくおかしくないならこれで、…っ、」
     「…」
     「何で入って来るの?!」
     「…あ」

     経験上、嫌な予感がするのか。さっさと、俺の視線から。逃れようとする。沙羅。さっと引っ込んで。

     閉まろうとする、カーテンのすき間。視界が薄暗い、と思った瞬間。試着室に、入ってることに気付く。
     ヒールを脱いでるから。少し低い背丈。庇護欲をかき立てる。戸惑った声が、俺の行動を非難する。
     まずい、と。思った。というより…他の男に、見せるなんて。とんでもないことだと、思った。でも。

     更衣室は狭い。当たり前に狭い。…ふたりで入る、場所じゃない。しかもどっちも、小さくはない。
     密着する、身体と身体。硬直する沙羅を、後ろから。抱きしめる形じゃないと。腕のやり場すらない。

     激しく脈打つ胸。“スイッチ”が入ったのだと。自覚する。まさにミイラ取りが、ミイラになった瞬間。

     「土足っ…、ダメ、」
     「そういう問題かよ、ってかダメなのはお前だろ」
     「何で、っ…ぁ、」
     「俺のそばから離れない“訓練”だ」
     「離れないから、っ、離して…!!…」

     どこかずれた、その反応。愛しくて、無防備で。俺以外の男でも。きっとそう思う。強く確信する。

     目の前には、白く細い首筋。あくまで逃げるのを、阻止するだけ。手が空いてないから。甘く噛む。
     他の男と、同じく。俺もまた、沙羅の艶姿に。わかりやすく、興奮している。全身の血が、沸き立つ。

     そして、他の男に“盗られる”前に。しっかりと、教え込まないと…というのは。いいわけでしかない。
     ただ。こんなところで…という、その反応も。俺を楽しませるだけ。沙羅はたぶん、理解出来ない。
     …しばらく、会ってなかったのに。そんな姿を、見せる無防備さ。誘っている自覚も、一切ないはず。

     拒否の動きは、弱々しく。俺にはそれでいいけど。他の男からは、全力で逃げるよう。教えなければ。

     「やぁあっ、…、…」
     「…声出したら誰か来るぞ?」
     「…!!…」

     鏡越しに、絡ませる目線が。うろたえて見開かれる。こぼれそうな青が。慣れた絶望に、わずか潤む。
     …所有者の印を、刻むように。じゅっ、と。むき出しの首筋の、薄い皮膚の下。生々しい赤を、広げる。

     ふに、と。パットを隔てても。やわらかい感触。防御力なんか、この布きれに。期待するだけ無駄。
     反対の手は、腰から。骨盤をなぞる。よく手入れされて、する、と。指先は進みかけて。一瞬止まる。
     ひっかかるのは、蝶結びの。ビキニの紐。取れそうで、取れなくて。…だからこそ、取りたくなるもの。

     びくん、と。弾む身体。こんなところで…というか。こんなところだから。困らせたくて、たまらない。

     「…ダメ、だったらっ…」
     「変なしみとかついてる方がまずいんじゃねぇの?」
     「…、…」

     口の奥に、ひっかかる声は。笑いの色を帯びる。低くうなる、獣の目覚め。薄暗がりで、喉を鳴らす。

     「全部脱げないように押さえてろ」
     「…忍のバカっ、…っあ…んぅ、」

     はらり、と。あえなく取れる結び目。ことさらに。ゆっくり、侵略開始する様。沙羅に見せ付ける。
     元から実は、無理やりに。押さえ込んではいない。反対側の結び目を、守るように。白い手が伸びる。
     ふるふる、と。震える身体。なめらかに、入り込む。はねる声。滴る熱。あきらめて、閉じる青い瞳。

     …しばらく顔を出さない、と。“チーフ”はいっていた。鏡の中、赤い髪越しに。にやり、と笑った。


                         *  *  *


     それはもう、別に。通いなれてるから。駅からの、道筋は。誰に聞かなくても、わかってる。けれど。
     少し先を行く、赤い髪。追いつこうと思えば、いつでも追いつける。けど。それは、故意に避けてみる。

     必死な後ろ姿は、かわいらしくて。振り向いて欲しくて、ちょっかいをかける。わざとのんびりと。

     「ちょっと早足すぎねぇ?」
     「…だから何なの!?」
     「っていうか冷たくねぇ?」
     「…藤原さん、身に覚えは?」
     「え、まぁ少々「で済むわけないでしょ!!」…うーん、多少?「ちょっと増えただけ!!」

     …藤原さん、だなんて。初対面の時ですら、呼ばれたことはない。何となく、新鮮な。よそよそしさ。
     よくドSだとか、いわれるけれど。冷たくあしらわれるのも、悪くはない…とか。ちょっと重症な俺。

     きりり、と。まなじりを決して、振り返る。沙羅。怒りというより、主に恥ずかしさで。真っ赤な頬。
     手には、半透明の。厚手のビニール袋。トロピカルな、やしの木柄。さっきの百貨店の、小さなロゴ。
     透けて見える、水着の黒。結局、無事“お買い上げ”になった。というか。そうせざるを、得なかった。

     …あの後、店頭に戻らずに…むしろタグも、自分で外す勢いで…袋に入れてもらって。店を後にした。

     「だいたい…」
     「あんなとこであんなことするなんて、って?「…」図星ですか?」

     往来だから。ストレートじゃない表現。それでも、赤みを増す頬。思い出した、らしい。涙目になる。

     その隙に、さっと追い付いて。“原因”になった、水着の袋を。さっと取り上げて。手をそっとつなぐ。
     抵抗はない。疲れたのか…疲れさせたのは、俺だ…少し緩む歩調。ペースを落として。歩き始める。

     夏間近の、公園通り。濃い緑が、きらめく歩道。ちらちらと、木漏れ日が。アスファルトを照らして。

     「それもあるけど…、…」
     「じゃあ何だ?」
     「他の男の人が、あたしを見るのが嫌、なんだよね?」
     「まぁ、…で、何だ?」

     目を合わせない、会話。というか、今さら過ぎる。何度もそんなことで。いざこざが、起きている。
     …どことなく、今までより。歯切れが悪い。怒っている、というより。どこか不安そうな。その声音。
     顔なんか、見なくてももう。表情が見える気がする。それほど、長い付き合いだと。改めて、思うけど。

     もう何度か。旅行も“お泊り”も、してる。でも。飽きることはない。呆れられることは、あっても。
     んっ、と。あごを突き出して。言葉の続きを、催促する。もごもご、と。やっぱり自信なさげな声。

     「忍も、…他の女の人、見たいのかなって」
     「…は?」
     「プライベートビーチだけど…、…他にも女の人、いるでしょ」

     そういうことか、と。やっと合点が行く。嫉妬なのだと。というか、俺も。人並みの、成人男子だし。

     「見るかよ、っていうか、自然に視界に入るのは除外だろこの場合」
     「…みんなきれいだし」
     「そうでもないぞ」
     「ちょっと失礼じゃない?」

     それは、視力が悪くないから。“見えてしまう”だけで。“見てる”わけじゃない。断じて違う…はず。

     “美女と野獣”とか。よくいわれるけど。むしろ俺は、沙羅だけのもの。強いていうなら“美女の野獣”。
     追い抜く車を、避けるように。少しだけ近づく、距離感。沙羅にだけ、聞こえる声で。そっとささやく。

     「じゃあ、俺の半径30センチ以内から出るなよ、」
     「なっ、何で!!」
     「…俺もお前しか見ねぇから」
     「え、…え?」

     他の男が、絡んで来ると。厄介なことになる。むしろ最初から、こうしておけば。よかったのだろう。

     ただ。相当横暴な命令だと。自覚はある。抱きしめたらすぐ、ちょっかいを出せる距離。キープする。
     あわあわ、と。慌てる仕草が。またたまらない。重症の、恋の病は。温泉でもたぶん、治らない。

     何とか、主導権を取り戻そうと。つんと前を向く。少しとがらせた、くちびる。不満げな桃色の艶。

     「…、…バ、バカじゃないの…」
     「かもな」
     「自慢にならないでしょっ」

     見上げた空に、入道雲。少し気の早い、蝉の鳴き声。蒸し暑く、生ぬるい空気。独特の湿度の高さ。

     もうすぐ、ふたりして。そんな日本を、脱出する。くっついてても、暑くない。からっとした南の島。
     …半径30センチの、バカンス。たとえそれが、どこであっても。ふたりで過ごす、休暇。待ち遠しい。
     怒っていた横顔が。ふ、と和らぐ気配。ぎゅ、と。つないだ手を、もう1度。しっかりと引き寄せた。


     《終》




 


こちら、だいぶ前にチャットをご一緒させていただいた際に盛り上がった話題に着想を得て、
恐れ多くもコラボさせていただいたお話のNAKAさまverです。

なんというか…全体に漂う大人な雰囲気がとってもオシャレです!!
ラブラブっぷりもさることながら、買い物風景がとっても2人っぽくてすごくツボでしたv
いつもながらにNAKAさまの背景設定や、描写の細かさには感動します。

同じテーマで書いてもこうも違うとは…と、自省もさることながら、とても楽しかったです。

大幅に延滞しといて何を言うと思われるかもしれませんが、そして難しいことかもしれませんが、
いつかまた今回のような機会が訪れることを心の隅っこで密かに願わせてください…

NAKAさま、そしてチャットで一緒に語ってくださった皆さま、ありがとうございました。
(ぶぅverはこちらです。→

2015.11.7