夏といえば、海。
そんな、ある意味短絡的な話題で盛り上がったのは、久しぶりにみんなで集まった週末のこと。

何のひねりもない思考だけど。
照りつける太陽が、暑い熱い空気が。否応なくその気にさせる。
その上。

「じゃあさ、今度みんなで行こうよ〜。場所はうちで手配するからさ」

子どものよう、輝かせる目には、格別の威力。
断る理由もないし。

「うちで手配って…式部重工はついにそんなもんにまで手ぇ出し始めたのか?」
「違う違う〜。取引先のオーナーが持ってるプライベートビーチ、いつでも貸してくれるって。そこならセキュリティもバッチリでしょ」

レジャーにまでセキュリティが必要なのかと思うと若干うんざりするが、
まあそれは、宿命というかなんというか。

「いいけどよ…」
「ね、沙羅も行くよね?」
「て、おい!」

俺の返事なんて軽くスルーして、雅人は、隣の沙羅を口説きにかかる。

「それはいいけど…。あ、でも私、水着持ってない…」
「えっそうなの?仕事で着るんじゃないの?」
「あれは、借り物だからね」
「ふーん、そうなんだー」

隣で繰り広げられるのは、他愛もない、本当に他愛もない会話。
のはずなのに。

…その一部分が俺の頭にがっちり引っかかってしまった。




Fitting Place 




帰り道。

俺の頭の中、渦巻くもやもやは、未だ晴れない。
というか、むしろだんだん濃くなっている。

沙羅の『仕事ぶり』は、敢えてあまり見ないようにしていた。
どこか、手の届かない世界のようで。それを感じるのが何となく嫌で。

だけどふいに、目に、耳に、入ってくる情報までは。
シャットアウト、できないし。

特に今みたいに、身構える間もなく、飛び込んできたのが。
俺にとっては結構衝撃的な、話だったりすると。

大人気ないとか、大人気ないとか…そんな理性も、あるにはあったけど。

「なぁ…」

うっかり呼びかける言葉、口にしてしまったらもう、後には引けない。

「…仕事、そういうのもあるんだな、」
「え…?」
「…その…水着、とかさ…」

言ってみたら、思った以上に不躾な質問だとか、自分で思うぐらいだから。
沙羅の反応も予想通りで。

「ば…ばっかじゃないの?!」

赤らむ顔と、飛んでくる怒声。
…まあ本当に、その通りだと思う。

「言っとくけど、服を見せるのが仕事なの!」
「っ、わかってらぁ、そんなこと!けどよっ…」
「けど、何よっ」
「…ただ、どんな水着、てか、どれぐらい見え…じゃなくて、いや、その…」
「…」
「…〜っ…」

どう、取り繕おうとしても。
子どもじみた嫉妬心、きっと見透かされて。

耳に入るのは、はぁぁ、と盛大なため息。
視線はそらしたままでも、呆れ顔は目に浮かぶ。

と。

「…水着、買いに行くの付き合ってくれる?」
「え…?」

思いがけない提案。一瞬戸惑っていると。

「…忍が文句言わないようなの、選べる自信ない」
「ぅ…」

返ってきたのは、自分の事ながら思い切り納得の理由で。
俺は、いっそ走って逃げたい衝動を抑えるしかなかった。


それで、次の休日には。
早速俺はショッピングモールに借り出されていた。

でも。最初こそ一緒に見て回ったものの、どれがどうとか、到底わかるわけもなく。
居心地の悪さに、早々にギブアップ。煙草をダシに、ベンチに避難した。

吐き出した煙を目で追いながらぼんやりと売り場を眺めると、さすがにシーズンというだけあって、それなりの人手。
男女比は…一目瞭然。カップルもいるにはいるけど。
大体自分たちは、浮かれるような年齢でもなければ、もともとそんなタイプでもないから。
どこか気恥ずかしい。

と、少し離れたところから、沙羅に手招きされた。
その手には、候補らしい水着が何点か。
煙草を消して、腰を上げる。

「試着してみるから、ちょっとここで待ってて」
「お、おう…」

今度は、試着室前のソファに移動。
当然のことながら、店内は禁煙。手持ち無沙汰を解消する方法はない。

来るんじゃなかった。そう、思う傍ら。
自分の独占欲と嫉妬心、隠し切れないのは。情けないことにもう立証済みだから。
黙って待つしかない。ある意味、科された罰。

しばらくして、カーテンが開く音。
やれやれと、目線を上げると。

「ぁ…」

正直、水着についての感想なんて。
カラフルな、花柄で。夏らしい雰囲気。
そんな見たまんまのことぐらいしか、思い浮かばないし。

でも。
別に、派手でもなければ、ものすごく扇情的、というわけでもないのに。

「…っ」

呑み込む息の音が。心臓の音が。
はっきりと聞こえるぐらいに、全て奪われる。

白い肌。すらりとした手足。
それを引き立てる、品のある、それでいて堂々とした立ち居振る舞いは。
たぶん無意識。職業柄。

「どう、かな…」
「い…いいんじゃねぇ、の…?」

沸騰する頭、宥めるつもりの、そっけない返答とは裏腹に。
きっと、赤らんだ顔。

付き合いの長い俺でさえも、こんなに。だったら。

は、と我に返る。
そういえば、さっきから感じる視線は俺を通り越して…。

「ちょっとサンダルとあわせ…って、えっ、忍っ?!」

よく言えば、純粋。悪く言えば、無防備。
試着室から、外に出ようとする沙羅を、咄嗟に押し戻す。

やっぱり、ついてきたのは間違い…いや、むしろ正解なのか?

よくわからないけど、我ながら呆れ返る。
自分の嫉妬深さと。

「…」
「…」
「…なっ…なにやってんのよ!」
「いや…なんかみんな見てたから…」
「そうじゃなくて!…いや、それもだけどっ…何であんたまで入ってくんのよっ!」
「…悪ぃ、つい…」

自らが招いたこの状況。
狭い試着室の中。2人。定員オーバー。

「もうっ!とにかく、早く出てってばっ!変に思われるでしょっ!!」
「…出てくんのも変だろ」
「それもそうか…って、じゃあどうすんのよっ」

大声を出せば、明らかに不審。
だからひそひそ声で、詰め寄られる。

確かに、いつまでもここにいるわけにはいかない。
考えながら、視線をめぐらせて。

「…っ」

気づいてしまった。

あくまで簡易、ではあるけれど。
『密室』に『2人きり』。
しかも。

ちら、と盗み見る、その姿は。
特殊な状況下、さっきよりさらに刺激的に映るから。

また、鼓動が早くなる。

そして、そんな俺に気がついたのか。

「ちょっ…そんな、見ないで、よ…」

警戒と、恥じらいの混ざった表情。
上目遣いと、少し甘くなる声に。

頭の中、妄想は逞しく。
…もう、一刻も早くなんとかしないと、いろんな意味でもたない。

寸でのところ、カーテンの外へ意識を逃がす。
人の気配と、『脱出』できそうなタイミングを探る。

まさか、俺の中の野生の勘も、こんなところで出番が来るなんて、思ってなかったに違いないけど…


見事な『脱出劇』の後は。
そそくさと、買い物を済ませて店を出る。

結局…完全に俺のせいだけど、試着はあの1着だけだったから。
迷う余地なく決めた水着と。

「…こんなの、いる?」
「いる」
「そうかなぁ…」
「絶対いる」
「えぇ〜…」

沙羅にはものすごく不評な。もう1つの購入品。

ラッシュガード、とかいうらしい。
水着の上に羽織る、上着のようなもの。

気持ち、長めの丈は…まぁ、俺の選択。

「これ着たら、水着の柄見えないじゃん」
「だって日焼けは大敵、だろ?」
「そりゃ、そうだけど〜…」

納得いかない様子で、尖らせる唇、横目に見ながら。

俺はもう見たし。とか。
むしろ俺だけでいいし。とか。

きっと、身勝手で、子どもじみて、嫉妬深くて、かっこ悪くて。
だけど。

それで結構。そう、言い切れるぐらいに。
俺が、俺の気持ちが、求める場所は、沙羅の隣。そう、決まってる。
今までも。そしてこれからも。


空調の効いた室内を一歩出ると、うだるような暑さ。
体にまとわりつく。

涼を求めて、人が水場に行きたがる理由もわかる、というか。

「海、楽しみだね」
「ちゃんと着て来いよ、それも」
「わかってるから!忍、なんかお母さんみたいだよ?」
「いろいろ超越しすぎだろ…」

笑いあって、帰る道を。
夏の日はまだ煌々と、照らし続けていた。



2015.11.7


はじめに…本作品は、もうだいぶ前のことにはなりますが、DAN友NAKAさまサイトにて行われたチャットで盛り上がった話題に着想を得ております。

その際、NAKAさまとコラボのお約束をさせていただいたのですが、ぶぅの筆があまりにも遅く、何年越しかのこのような季節の発表となってしまいました…;
(ちなみにNAKAさま作品は、お話させていただいてからほどなく完成の報告を頂いておりました。…もう本当に、ご迷惑をおかけしました;;)

さて、本作品、時期はGB後ぐらい、私たち、付き合ってる?付き合ってるよね?付き合っちゃってるね///な胸キュン時期でございます(何それ)。
やきもち焼きの忍くん、沙羅ちゃん呆れながらもきっとまんざらでもなかったり…しそうですよねv

うちの作品はともかく、NAKAさまのステキなお話をうっかり埋もれさせてしまうという事態だけは避けられて、ひとまずはホッとしております…

それから、毎度低いハードルで申し訳ないのですが、30周年メモリアルイヤーに1作品でも出せてよかったです…(涙)

読んでくださってありがとうございました。

NAKAさまのちょっぴり大人な忍くんverはこちらからどうぞvv→