自分がこんなにお節介な人間だとは、 思ってもみなかった。 いや、俺ではなく、 あいつが、そうさせるのかもしれない。 昔から、時折物憂げに翳る、蒼い瞳。 頭に思い浮かべながら。 俺は、一瞬躊躇した指を、再び受話器に伸ばした。 願いは君の 待ち合わせは、繁華街に程近い駅。 待ち人は、時間通りに現れた。 着飾るでもない、シンプルな服装は、おそらく仕事帰り。 それでも人目を引く、すらりと高い背。赤く、なびく長い髪。 俺に気づいて、足早に近づいてくる沙羅の姿に、思わず目を奪われて。 …心の中でダニエラに謝罪する。 「ごめん、遅れた?」 「いや、俺が早く着きすぎた」 「そっか」 他愛もない会話を交わしながら、 向かう先は、よく訪れる馴染みの店。 繁華街の中心にありながらも、落ち着いた雰囲気が気に入っている。 「いいの?亮。かわいい奥さんほっといて、私なんかとデートしてて」 席について飲み物を注文すると、沙羅がからかうような口調で問いかけてくる。 もちろん、ダニエラには言って来ているし、もとよりそんなつもりもないが、 「たまにはいいだろう」 片眼を瞑って返してみせると、沙羅は、くすりと微笑んだ。 運ばれてきた料理をつつきながら、またなんでもない話をした。 時には、仕事のグチとか。同僚の、面白おかしい話とか。 そうしていると、沙羅はまるでどこにでもいる普通の女で、 心の奥底に閉まっているだろう傷の存在も、忘れそうになる。 と、話が途切れた瞬間、 「…亮、ありがとう」 突然、変わる声色。 はっとして顔を覗き込む俺に、沙羅はどこか寂しげな笑みを向けた。 「私が落ち込んでるんじゃないかって、誘ってくれたんでしょ?それに…」 視線は、手元に落として。 「私の代わりに、雅人に…話してくれたのも」 言われて思い起こすのは、あの時。 こわばった、沙羅の表情。 あの時も、 余計なことを。そう、思いながら、 それでも気がついたら沙羅の言葉を遮っていた。 沙羅が、忍を。 ちらりと盗み見た視線。怯えたような。罪に、苛まれたような。 忍の前で、奴の名前を口にさせることは、できなかった。 「忍とは…」 話したのか、そんな意味を込めた俺の問いに、 沙羅はふるふると首を振ってみせた。 「…未練はない。そう言ったのは本当だよ。でも…」 言葉の端が震えて。 「…あの時、月で、シャピロを撃った時だって、そう思ってた。それなのに…。 あそこでまたあいつを見たら、感情が言うことを聞かなくて…。私、あんなこと…」 いつの間にか、その頬を涙が伝う。 「これからだって、忍を傷つけるかもしれない。だから、だからっ…」 「沙羅…」 人目もはばからず、ぼろぼろと落ちる雫に。 口をついて、呼んだ名前。 言ってやれることなんて、何一つないのかもしれないけど。 「あいつはそんなヤワな男じゃない。俺が保障するさ。それに…」 格納庫、イーグルの前に1人たたずむ後ろ姿も。 戻ってきたあいつを、嬉しそうに呼んだ声も。 知っているから。 「…待ってたんだろう?ずっと、あいつを」 顔を上げた沙羅の、頬が赤らむ。 それは、泣いたせいだけではなくて。 帰り際。駅までの道。 「亮、私…もう一回あいつと、話してみる…」 一言ずつを、まるで噛み締めるようにして、沙羅がつぶやく。 踏み出しかけて引き返した一歩。 また、踏み出して。そうして傷を、癒せばいい。 それはいつの間にか、俺の願いでもあって。 「…そうだな」 相槌の声が明るくて、自分でも驚いた。 と。 「でも…あいつまた、どこ行ったんだか」 「あぁ、そういえば」 沙羅の次の言葉に思い出す。 今日、彼女を呼び出した理由。 すっかり忘れてしまっていたけど、一番重要な用件。 「あの後、辞令があって。軍に、戻ることになった。俺と…」 「?」 「…忍もな」 「えっ?あ…」 ぱっと輝いた瞳、隠すように、伏せて。 恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに。微笑んだ表情。 どきりとさせられて。 危うく抱き寄せてしまいそうになる手、 ぽん、と頭を撫でるにとどめた。 やっぱり。 俺をこんなにお節介な人間にしたのは、 間違いなく沙羅なんだ、と思う。 昔から、無理をする。抱え込もうとする。 だから、気になって。放っておけなくて。 仲間以上の思いを、抱くことはなかった。 それでも、それは間違いなく、特別な感情。否定は、できない。 すっかり落ちた太陽。ネオンにきらめく街。 時間は少し、遅いけど。 ダニエラに、甘い物でも買って帰ろう。 何の罪滅ぼしなのか。 柄にもなくそんなことを考えている自分に、 心の中で、苦笑した。 2009.11.14