身勝手だって、わかってる。

きっと何度も傷つけた。
もしかしたら、これからも。

だから。
拒まれたなら、それでも構わない。

ただ、伝えたい。
『ごめんなさい』と、それから。




Restart




靴のかかとが奏でる音が、いつもと違って聞こえる。

それもそのはず。
ここに来るのは久しぶりだし、
まして、こんな気持ちで来たことなんて。

基地の中。
相変わらずの、喧騒。独特のにおい。

すぐに体に馴染むのは、長くここで過ごしたことがあるせい。
ただ…道行く顔ぶれも、内装さえも、ずいぶん変わっているけど。


きょろきょろと辺りを見回しても、目的の場所が見えてくるわけでもなく、
早速途方に暮れかけていると、

「沙羅」
「あ…」

呼ばれて振り返ると、立っていたのは亮だった。

ここへ来る決心をさせてくれた、ある意味で恩人。

見透かされてた気持ちとか、取り乱したりとか、
いろいろと照れくさくて言葉に詰まる。

「…あの、こないだ、は…」

つなぐ言葉を探していると、

「いいタイミングだな」
「?」

亮は、ふ、と笑って肩をすくめて、
視線を奥の通路へと向けた。

それが意味するところ…すぐにわかってしまうから、
また、照れくさくて。

意味深な笑顔と瞬きを残して、その場を離れる後ろ姿を、
私は何も言えないまま見送った。



亮の視線に案内された先は、居住スペース。
いくつもの部屋が、通路を挟んでずらりと並ぶ。

でも、その場所はすぐに見当がついた。

あの頃と同じ。奥の角部屋。
それに。

いいタイミング、亮がそう言った通り、
まさに、ついさっき運ばれてきたような、
廊下に無造作に積み上げられた、ダンボールの山。

反射的に息を殺して、その前に立ち止まった。


初めて出会ったのは、もうずっとずっと昔のこと。

あの頃は、お互いに子どもで。
反発しあってばかりだった。

戦いに巻き込まれてからも。
シャピロについて行けなかったのは、あいつのせいだと、
憎んでさえいた。
だから…今思えば信じられないようなこともした。

それでも。
私を仲間の1人と受け入れて。
むしろ、助けて、かばって。

いつの間にか、気持ちはひっくり返っていた。

今さらそんなこと、伝える権利はないのだと、本当は思っていた。
実際に、もう手遅れなのかもしれない。

でも。
心の奥底にしまっておくには、それは大きすぎたし、重すぎた。

だから。
身勝手でも、拒まれたとしても。
そう、決めて。


意を決して、開け放たれたままのドアをノックする。

「誰だ…?」

応える声に続いて、足音が近づく。
黒い髪が覗いて。

「…沙、羅…?」

その、少し掠れた声が。
私を見て驚きの色に変わる。

「…っ…忍…あのっ」

覚悟は決めてきた、はずなのに。
いざその顔を見ると、やっぱりうまくは言えない。

「…ごめん…私っ…」

やっとのことで口をついた言葉の続きは。

「!!」

遮られる。

いきなり、抱き寄せられたから。


「しの…ぶ…?」

驚きのあまり、なされるがまま預ける体。
肩口に押し付けられて、表情こそ見えなかったけれど。
斜め上から降る声は、切なげに震えてこう告げた。


謝るのは、俺のほうだ、と。


突然のことに、頭は真っ白になる。

「どう、し…て…?」

こう問い返したきりの私に、忍は静かに続けた。

「また…お前を1人にしちまった…。なのに、あの時はつい、先走って…」

あの時。

ガンドールの格納庫で、強引に奪われた唇。思い出す。
呑まれてはだめだとわかっていたのに、
ぬくもりはいつまでも、消えなかった。

「俺は…ずっとそばにいるなんて約束も守れない、身勝手なヤツだ。これからだって、お前を悲しませるかもしれない。
けど…身勝手ついでにあと1つだけ、言わせてくれ」

背中に回された腕。ぎゅ、と、力がこもる。

少しの間のあと、聞こえるか聞こえないかぐらいの、小さな声。
でも、確かな口調で、忍は言った。


「…お前が、好きだ」


耳に届く、ほんの短い言葉。それでも。
ずきりと、心臓に、痛いほどの衝撃が走る。

「嫌なら振りほどいてくれたらいい。それならもう…追いかけるつもりはねぇから」

そう言って、腕を弛められても、
私はそこから動けなかった。

ただ、涙だけが溢れて。
まるで堰き止めていた何かを押し流すように。

「…沙羅…?」

黙り込んだままの私の顔を、覗き込むようにして、
忍が首を傾ける。

瞬間、目が合って。

「忍…私…私も…。あんたに、言いたいことが…あったんだ…」

途切れ途切れ、唇が、震えても。

言わなくちゃ。
今なら言える。きっと、私にも。

少し高い位置にある耳に、
爪先立って。吹き込むように。

忍が言ったのと、まったく同じ、短い言葉を。


「…っ」

かぁ、と、赤くなる顔。目をそらすから。
ますます恥ずかしくなってうつむく。

行き場のなくなった目線。
再び絡み合うと、その続きは。

「ちょっと待って…」

私の体越し、忍の手が探し当てたのは、ドアのスイッチ。
外の世界とこの部屋を隔ててから。


どちらからともなく、唇が、重なった。




かつかつと、廊下を蹴る靴音。
いつもと違う。
今日、来たときとも。

それに、今はそれが2人分。

「…どうした?」
「別に…」

ちらりと盗み見た視線、気づかれてしまったらしい。
鳶色の瞳が、こっちを向く。

と、

「あれ?お二人さん、どこ行くの?」

底抜けに明るい声。
見ると、いつ来たのかそこには雅人の姿があった。

「お前こそ、こんなとこで何してんだよ」
「亮と忍が軍に戻ってるって聞いたから、ちょっと会いに来ただけなんだけど。
沙羅もいるなんて知らなかったな。ねえ、せっかくだから一緒にメシでも…って、ちょっ…」

言いかけた言葉がそこで止まったのは、
後ろから誰かに襟首を捕まえられたから。

そしてその誰かは。

「亮っ!なにすんのっ!!」
「雅人、お前は今日は俺に付き合え」
「え〜〜!男2人で行ったって盛り上がんないよ〜!」
「ローラを呼べばいいだろう。いいから行くぞ」
「ちょっと〜!」

じたばたと抵抗する雅人を連れて、基地の奥へと消えていった。
残していったのはまた意味深な笑顔。

私たちは、思わず顔を見合わせた。


建物を出ると、すっかり夕暮れ時。
オレンジ色に、染まる空。

「雅人のヤツ、相変わらずだな」
「うん…でも、元気そうでよかった」
「そうだな…」

何気ないやりとりも、まだ、なんとなくぎこちない。


あの日から。
2人は同じように罪の意識を背負って。

今日までの日々が、それに対する罰だったのだとしたら。
その罪は、償えたのだろうか。

いや、もしかしたら。
赦される日なんて、来ないのかもしれない。
それでも。

「とりあえず、メシでも行くか…」

さりげなく取られた手。
さりげなく、絡まる指を、握り返す。


深く息を吸って、吐き出して。



踏み出した一歩が、新しい一歩に、なりますように。




2009.11.21