『じゃ、7時からだから。遅れないようにね〜』
「ちょっ…」

ぷつり。
私からの反論を避けるかのように、電話は潔い音を残して途切れた。




invitation〜誘いの言葉〜




雅人からの突然の電話は、頻繁ではないが、別に珍しいことでもない。
用件はいろいろだが、大抵は他愛のない話だ。

お勧めのお店を教えて欲しいとか。
ローラへのプレゼントは何がいいかとか。そんな類の。

今日も、久しぶりのオフでのんびりと1日を過ごしていると、突然、電話がその名前を示して鳴り始めた。

2回目のコールで電話口に出ると、

『もしもし沙羅?すぐ出たって事は今日はお休み??』

弾んだ声。相変わらずそういう推測だけは早い。

「そうだけど、どうしたの?」
『よかった。あのさ、今日、夏祭りあるって知ってた?』

一瞬、なにが「よかった」のか気になったものの、私の意識は、すぐにその後に続いた言葉に向けられた。

「夏祭り?」

そういえば、街のいたるところでポスターを目にしては、そんな季節かと感じてはいたものの…

「今日だっけ…?」

意識して見たことはなく、私は首を傾げた。

基本的に保障されてない休みに重なるなんて、思ってもみなかったから。
というか、実際これまでそんなこともなかったし。

『そうだよー。やっぱりね。沙羅のことだから、仕事に追われて忘れてるんだろうなーって思ってたけど』

「…」
さすが。こういうことに関して雅人の観察眼を凌ぐ者はいないと思う。

「で、あんたは行くの?」
感心半分、自分の状況を言い当てられた面白くない気持ち半分で、聞き返す。
すると雅人は、嬉しそうな声で続けた。

『うん。なんか花火もあるらしくて。去年は行けなかったから、今年こそはローラを連れてってあげようと思うんだ』
「そりゃいいね。あの子喜ぶよ、きっと」
『うん。へへ…』

電話口の声だけでもわかる、はにかんだ照れ笑い。
こっちが恥ずかしくなって、私はわざとからかうように言葉を返す。

「で?そんなお惚気話のために電話してきたの?」
『ちがうよ〜!ひっどいなぁ、もぉ』

思ったとおり情けない声を出す雅人に、冗談だって、なんて笑って余裕をかましていたのに。
次の彼の言葉で、今度は私が困惑することになる。

一呼吸おいて聞こえてきた言葉は。

『沙羅に教えとこうと思ってね』
「え?」
『開始時間と会場』
「は?」

思わず間の抜けた声を出す私をよそに、てきぱきと吹き込まれる情報。

「…それを私に教えてどうするのさ?まさか2人のおじゃま虫になれっての?」
『そうじゃなくって!沙羅も誘ってみたら?休みなんだし』
「なっ…」
さっきの「よかった」の意味するところを、今になって合点する。

ちなみに誰を?なんて、愚問をぶつけるのはやめにした。

人の悪そうな笑みを浮かべているに違いない、雅人の声に。
想定されてる人物は、考えるまでもなかったから。



「まったく…雅人のやつ…」
悪態をつきながら、切れた電話を見つめる。

壁の時計に目をやると、時刻は15時54分。
今から準備すれば、十分間に合う時間ではあるけど…

「って…ああ〜もう!!」
危うくその気になりかけて、ぶるぶると頭を振る。

大抵、どこへ行くにも誘いの言葉をくれるのは忍のほうだった。
今回ばかりは私と同じように、忙しさに追われて、今日のことなんて知らないのだろうけど。

考えれば、私から言ったことなんて、数えるほど…もない。

だからそれには必要な、ちょっとした覚悟を、
雅人の企みどおりになって決めるのは、癪に障った。

確かに、1年に何度もないイベントだし、行きたくないわけではなかったけど。

「ま、どっちにしても、あいつの仕事が早く終わるとも限らないしね」
言い訳じみた独り言とともに、電話をパタンと閉じる。

と、その瞬間、

「!!」

鳴り始める着信音。
液晶に目を走らせると、そこには『忍』の文字。

タイミングがタイミングだけに、なんだか慌てて電話を取る。

『よぉ』

耳に入ったのは、何にも知らないようなのんきな声。当然だけど。

「ど、どうしたの?こんな時間に電話なんて、珍しいじゃない」
不覚にも高鳴る鼓動を悟られないように、私は懸命に息を整えて話した。
忍は軽く相槌を打つと、言葉を続ける。

『それがこれからミーティングの予定だったんだけど、
急に相手方に用事ができてキャンセルんなっちまって…。早くあがれそうなんだ』

「え…」

あまりのことに、私は思わず整えたばかりの息を呑んだ。
いくらなんでも、できすぎた話だったから。

『終わったら飯でも食いに行こうぜ。お前、今日休みだったんだろ?…って、どうした?なに笑ってんだ?』

堪えられなくなって漏れる笑い。

雅人だけじゃなくて、今日は神様まで背中を押してるってわけだ。
それなら覚悟を決めても悪い気はしない。

私は怪訝そうな声を出す忍に、なんでもない、と返すと、小さく深呼吸してから言った。

「忍、今日7時からね…」

できるだけそっけなく口にする、誘いの言葉。


忍は少し、驚いてたけど、

『…オッケー』

やわらかく微笑んだ声で、返事を、した。




2008.7.28


雅人くんは、こんな感じで自然に2人の仲を取り持ってそう。という妄想。
今回沙羅ちゃんがちょっと?乙女度高めになっちゃいました///