鉛のような、とは、こういうことを言うのか。

そんなことを思いながら、重い瞼をこじ開ける。


歪む視界。
少しずつ戻ってくる意識も、
朝の目覚めによく似ているけど。


違うのは、目の前に見覚えのある顔。
共に戦場を駆け抜けた、仲間たち。

それから。

「よかった…雅人!」

飛びつかれた拍子、
ふわりと舞った愛おしい香りが、俺に正気を取り戻させる。

「ローラ…来てくれたんだね」

久しぶりに出すんだろう声は、少しかすれて。


それでもちゃんと、その名前を呼べたことが、嬉しくて。




ふたり




お茶でも入れてくる。そう言って、ローラは席をはずした。

いつの間にかできるようになったそんな気遣い。
感心するような。少し、寂しいような。

ベッド脇には忍と亮。
少し離れた壁際に、沙羅。

ドアの閉まる音を聞き届けてから切り出す。

「みんな…ごめん…」


戦いの途中で、思わぬ戦線離脱をしてしまったこと。

ただでさえ苦しかった戦局が、さらに厳しくなったことは、
3人を見ればわかる。

痛々しく、巻かれた包帯。
なのに、

「心配すんな。お前がいないぐらい、どうってことねぇよ」

言ったのは忍。亮も、そうだな、と肩をすくめて笑う。

「ひどいなぁ、2人とも」

憎まれ口は、2人なりの気遣いなのだと、
わかっていたから、わざと大げさに眉をひそめてみせた。


と。

「それに…謝らなくちゃいけないのは、こっちのほうかもしれないしね…」

沙羅が、ポツリと口を開く。

「え…?」

一転、忍も亮も、神妙な顔つきになるから、
1人置いてけぼりを食らった気分で、

「どういうこと…?」

俺は、詰め寄るように聞き返した。

「…」

沙羅が、もたれていた壁から体を起こす。
その表情は、まるで何かを決意でもしたようにこわばる。

唇が動いた瞬間。

「沙羅、俺から話そう。…いいか?」

亮がそれをさえぎった。

沙羅は、うつむいたままで小さく首を縦に振った。



事の顛末は、いろんな意味で衝撃的すぎて、
俺はしばらく、目をぱちくりさせるしかなかった。

マルテが、敵が送り込んだ秘密兵器だったということ。
体内の花粉をすべて取り除くまで、解凍は見送られているということ。

ディラドとの戦い。ドイル長官のこと。


それから、ライガーのこと。


俺の大事な相棒が、宇宙の藻屑になってしまったことは、
正直、ショックだったけど。

もとはと言えば自分が蒔いた種だから。


でも、それ以上に。
戦いの最後、そこにいた男というのが。


亮が、沙羅の言葉をさえぎった理由。
それにようやく思い当たる。

それから、忍と沙羅が、
さっきからお互いに目をあわせようとしない理由も。



重苦しい空気。
破ったのは、ガチャリとドアを開ける、控えめな音。

「あっ…ご、ごめんなさい…」

カップの乗ったトレイを抱えて、顔をのぞかせたローラは、
ただならぬ雰囲気を感じたらしく、一瞬後ずさる。

「ローラ…大丈夫だよ。入って」
「あの…お茶と、クッキーも、持ってきたから…」
「おっ、うまそう!ずっと何も食べてないから腹ペコなんだよね〜」

わざとらしいぐらい、明るく切り出した声。
それでも一瞬空気を緩めるぐらいの役割しか果たせずに。

立ち上る湯気と、甘い香りに混ざって、部屋を漂うしかなかった。



「ねぇ、ローラ」

机の上を片付けている後ろ姿に、声を掛ける。

部屋には、今はローラと俺だけが残されていた。

「なに?」

振り向く瞬間。揺れる長い髪。
少女の面影を残しながらも、確実に大人になったその眼差し。
眩しく映る。

「なかなかうまくいかないよね、あの2人」

長く吐いた息とともに、天井を仰いで思う。


考えすぎて、背負いすぎて。
余計なものまで持ちすぎるのは、2人とも、一緒なんだと。
でも。

「…でも、あの2人にはあの2人しか、いないと思う」

まるで思考の続きのように、ローラが呟いたから、

「そうだね」

俺は嬉しくなって、思わず小さく笑っていた。



きっと、そう。
2人には、2人しかありえないから。

回り道しても、壁にぶつかっても。


きっと、最後には。




2009.11.7