うすうす、感づいてはいた。 だから別に、驚くことはなかった。 だけどそれと、受け入れることとは、まったくの別問題で。 「…」 黙り込む。 俺も。沙羅も。雅人も。亮も。 そして俺たちにその命を下した、葉月博士も。 1. ムゲとの最初の戦いが終わり、程無くして入隊してきた4人は。 『新獣戦機隊』。そう呼ばれていた。 獣戦機隊の、次を担う者。そういう意味合いだってことは。 わかってた。最初から。 それから。 2度目の戦いを終えた頃から。俺たちの体に表れはじめた変化。 気のせいで済まされなくなってきたのは、ごく最近のこと。 俺たちと同期するように作られたはずの、獣戦機との波長。 微妙なズレをきたして。その分、かかる負担は倍増して。 長くはその力を、発揮できなくなった。 無理に増幅した力は、衰えるのも早い。 ただ、ひっきりなしに敵が攻めてきたあの頃とは違って、今は有事の出撃のみ。 出撃したとしても、力を解放するほどに苦戦を強いられることは少ない。 だから表向き、特に不自由はなかった。 ないと、思い込もうとした。俺たちの、誰もが。 でも、軍の上の人間が、それを見逃すはずもなく。 データ化された書類、目の前に突きつけられたら。 最後まで俺たちを守ってくれた葉月博士にだって、反論の余地はない。 「…すまない…」 震える声で、そう呟く博士に。 俺たちは、何も応えることができなかった。 談話室。 香ばしい香りが立ち昇る。 少しでも気持ちを落ち着けようと淹れたコーヒー。 結局は手をつける気になれずに、各々の前でただ、冷めるのを待つだけ。 「俺たちも、いよいよお払い箱ってわけだ」 口を開いたのは雅人だった。 おどけたような口調。でもその奥に、やるせない感情、見え隠れする。 脳裏によみがえる、博士からの…上層部からの、通達。 獣戦機の引き渡しと。 それによる、事実上の獣戦機隊の解散。それから。 「なにも、データまで書き換えなくたっていいのにね…」 ため息混じりの雅人の言葉。 俺の思考を代弁する。 軍に返還された獣戦機は、一度データを初期化されて、次の搭乗者との同期をはかる調整が行われる。 それはつまり。 俺たちの『記憶』が消されるということ。 戦いの中流した、血も涙もすべて。 そしてもう二度と、一緒には、飛べないということ。 「仕方ないよ。いつまでもあの子たちを『候補生』のままでいさせるわけにもいかないんだから」 沙羅が静かに口を開く。 新獣戦機隊のメンバー。 その実力が、すでに実戦に足るものであることは、誰の目にも明らかで。 「来るべき時が来た…ただそれだけのことだ」 亮の言葉に、他の二人同様、俺だって異論などない。 でも。それでも。 「っ…」 気がつけば、俺は立ち上がって声を荒げていた。 「お前ら、よくそんな冷静でいられるよな…何年も一緒にやってきたってのに、そんな…そんなもんなのかよっ!!」 「忍…」 「気持ちはわかるけどさ、でもこればっかりは…」 宥めるように、沙羅と雅人。 視線を落としたままで、何も言わない亮。 道理の立たない八つ当たりだと、自覚はある。 こいつらだって、心の中は俺と同じだってことも。でも。 「あいにく、俺の頭はお前らみたいに物わかりよくできてねぇんだよっ…!」 勢いよく吐き捨てると、俺は部屋を飛び出した。 ただ、収まりの付かない気持ちに任せて歩いた、はずが。 いつの間にかたどり着いたのは、格納庫の前だった。 「…」 不要な立ち入りは禁止されてる。もちろん承知の上。 それでも俺は、迷わず足を踏み入れた。 薄暗い庫内。冷えた空気が支配するその奥で、 そいつは。イーグルは。いつものように、出番を待って眠っている。 「…よぉ」 その機体に、軽く手を触れる。 当たり前に、ひんやりとした感触。 でもその奥に流れる熱い何か。今は俺だけに感じられるもの。 ふつふつと、流れ込んでくるのを感じる。 俺がここに来て以来の、いや、むしろ前身は士官学校時代からの相棒。 数え切れない戦いを、一緒に乗り越えた。 どうしようもないってことも。 今の俺にはもう、こいつの力を最大限引き出すことができないのだということも。 わかってる。…でも、わかりたくない。 鷲を模した鋭い眼。 薄暗がりの中、ゆらりと揺れる光。まるで涙のように。 「…泣くなよ…」 そこに映った顔は、苦笑い。 少し、ぼやけて見えた。 2011.10.12