2.



『先に、逝かれちまったな…』

思えば、アランが敵艦に特攻をかけたとき。
悲しさより悔しさより先に、こんな言葉が口をついた。

その時点から、もう狂い始めていたのかもしれない。

俺の中の何かが。
死に、取り憑かれていたのかもしれない。

目が覚めても。
生きて戻った理由を、見出すことができなかった。

正直、戻ってくるつもりなどなかったから。
この星の、空気も、音も、すべてが耐え難く不快に感じた。

その上、否が応でも耳に入る、仲間たちの状況。

忍と雅人は意識は回復しているものの、精神状態は依然不安定。
沙羅に至っては未だ眠り続けているという。


これが、結末だとするなら。
やはりあのとき、あの宇宙とともに、俺たちは消えてなくなるべきだったのか。

どうしようもない思いに苛まれて、
自ら道を踏み外していても、おかしくはない状態だった。



そんな時、一通の手紙が届けられた。
差出人の名を見て、俺は息を呑んだ。

それは異国の町で出会った、あの少女からのものだった。

「ダニエラ…」

その名前を。忘れたわけではなかった。
ただ、激戦の中。頭の片隅で見えなくなっていた。

戦いが終わったら、もう一度あの町を訪れようと、心に決めていたことさえも。


手紙の最後は、こう締めくくられていた。

『お疲れが癒えたら、ぜひ遊びにいらしてくださいね』

考える、までもなかった。



許可なんて、取ろうとするだけ無駄。
密かに、抜け出して。


メキシコまでは、空路で半日以上。
少し前までは、輸送機で一飛びだった。

本当の距離は、遠くて。でも、取り戻した空の安寧を実感する。


空港から再び数時間をかけて、ようやくその町に到着した。

思ったよりも、復興は進んで。田舎町なりの賑わい。人の流れ。
あの時立ち寄ったバーも、教会の塔も、そのまま残されていた。

ただ1つ違うのは、行きかう人々の表情。
大らかな雰囲気。絶えない笑い声。
おそらくこの空気こそが、この町本来の姿なんだろうと思う。

時折、どこかで見た顔だ、なんて声をかけてくる人もあったが、人違いを押し通した。

戦争の悲しい記憶など、あえて思い出すこともない。
むしろ、忘れ去ってくれればいい。そう思ったから。


長旅による消耗で、ふらつく体を引きずって、差し掛かった路地。
景観は少し変わったけど、間違いなく、あの時の。

そして、その先に。

彼女はいた。


市場からの帰りなのか、大きな袋を抱えて歩く。
ふいにこちらに気づくと、目を丸くして、立ち止まった。

「亮…なの…?」

歩み寄る。足取りは、力を振り絞るように。
彼女の前まで行くと、俺は迷わずその体を抱きしめていた。

「っ…?」

息を詰める、その髪に顔をうずめて。目を閉じる。やわらかな、香り。

「お体は…もう、いいんですか…?」
「あぁ…」
「あの…果物潰れちゃいます…」
「すまない…」
「…あの…みんな、見てます、けど…」
「そうか…」

恥ずかしそうに、もぞもぞと、小さな抵抗。
気づかないふりで、腕の中のぬくもりを味わう。


あの時。

軍人としてではなく、一人の男として、
彼女を救いたいと思った。

戦に染まらない無垢な瞳。忘れていた温かさに出会って。

そして再びこの町に来て。彼女に会って。確信する。

その気持ちは今も。
これからも。


生き残ってしまった、未来。
残酷な運命と嘆いたけれど。

彼女が生きる世界なら、もう一度、生きてみるのもいい。


一向に離れようとしない俺に、観念せざるを得なかったらしい。

いつの間にか、抜けていく肩の力。
おずおずと、背中に回される腕。

どさり、と、多分持っていた袋が地面に落ちた音。それに続いて。

「おかえりなさい…」

穏やかな、声色。
ささくれた心に染み入ってくる。

「…ただいま…」

静かに返して。
目を開けた瞬間。


世界は、色を取り戻した。




2010.10.31