2.


 ムゲの亡霊との戦いが終わって数日が経ったある日。

「沙〜羅!忍のお見舞い行くけど、来るよね?」

食堂で、1人ぼんやりとコーヒーを飲んでいた沙羅に、声を掛けてきたのは雅人だった。

幸いほとんどケガのなかった雅人、亮、沙羅の3人は、簡単な検査を受けて解放され、
その後は報告や後処理などのために軍に留まっていた。
忍はというと、あのあとすぐに病院に運ばれ、絶対安静を言い渡されていたのだ。

「亮もローラも来るってさ。忍のやつ、安静なんて慣れてないから退屈してるよ、きっと。それに…」
そこまで言って雅人は、急に声を潜めた。

「沙羅は忍に、何か言いたいことがあるんじゃない?」

「え?」
一瞬何のことかわからずにきょとんとした沙羅だったが、ニヤニヤする雅人を見ているうちに、心当たりにたどり着く。

あの時。戦いの中で。


かすれて消えそうな忍の声が、無線を通して耳に入った瞬間。
こみあげた気持ちを抑えることができなかった。

いつも強気で憎まれ口ばかりの忍の、いつになく弱々しい声。

なにか言わなきゃ。伝えなきゃ。このまま忍が、目を閉じてしまったら。

はやる気持ちが言葉になって、口をついて出たのが―――――


思い出した瞬間、沙羅の顔はみるみる真っ赤になった。

「なっ…なんであんたがそんなことっ…」
「え?だって通信開いてたから聞こえちゃうよ。でも、あの時は忍、半分意識なかったし、ちゃんと覚えてるかわかんないよ?」
「…」

いかにも嬉しそうな雅人の笑顔に、一発食らわせてやりたい気持ちを抑えながら、沙羅は努めて冷静に言った。

「…雅人。忍に余計なこと言ったら、承知しないからね…」
「やだなぁ。俺だってそれぐらいはわかってるって。こういうことは、ちゃ〜んと自分で伝えたいよね」
「…じゃなくって!!」

まったくわかっていない雅人にイライラを隠せず、思わずその胸倉をつかむ。

「わっ…!沙羅、殴るのはカンベン!」
とっさに手を合わせる雅人。

「殴りはしないよ。いいかい?雅人、もし変なこと言ったら、メディカルチェックのとき看護婦さんに声かけてたこと、
ローラにばらすから」
「ええ〜!?それはもっとカンベン!!あれはほんの冗談で…」
「だったら…」

ようやくつかんでいた雅人の服をはなすと、沙羅はもう1度はっきりと言った。

「絶対に、余計なこと言うんじゃないよ」

 
 ローラの名前を出したことが功を奏したのか、雅人があの件について口にすることはなかった。
そして当の本人である忍も、そのことには触れてはこなかった。

雅人の言ったとおり、覚えていないのかもしれない。沙羅はほっと胸をなでおろしていた。


 なのに。

「…ちゃんと覚えてるんじゃない…」

病院の廊下を足早に歩きながら、沙羅は手で顔を覆った。

あの時、忍が何も言わなかったのはみんながいたからで、むしろこっちが切り出すのを待ってただけだったのかも。
一人でなんて、来るんじゃなかった。
心底そう思う。

奥底にしまっていた、忍への気持ち。
でもあんな場所で、あんな形で伝えるつもりなんてまったくなくて。
それどころか、あの危機的状況で、自分の口からあんな言葉が出てきたこと自体、沙羅にとっては予想外だった。

朦朧とする意識の中、忘れ去っていてくれれば。
どこかでそう願っていたのだが。

さっきの自分の態度でごまかせたとは到底思えないし、というか、むしろ肯定してしまったような気さえする。

「口止めの意味ないし…」

ため息混じりにつぶやくと、今日に限って長官の頼み事を引き受けてしまった自分の不運を、深く呪った。




2008.5.25


連載第2回。今回は沙羅ちゃんのお話。
雅人くんは初めての登場ですが…意外と書きやすかったです(笑)