『しっかりして!!死なないで、忍!…あんたが…好きなの――――――』



「確かにそう、言ったよなぁ…」
病院のベッドに寝転び、天井を仰ぎながら、忍は1人つぶやいていた。




Can I Kiss You…?




1.

 ムゲの亡霊との戦いの中、負傷した自分に、沙羅は確かにそう言った。
そう言った…と思うのだが。

その後基地に戻ったときも。忍が病院送りになったときも。みんなと見舞いに来たときも。
いつもと変わりないそっけない態度。

あの時は意識が朦朧としてたし…もしかしたら…
聞き間違い?幻聴だった?頭をめぐらせてみるものの、

耳に、張り付いているのだ。
あのときの、沙羅の声。
夢だったなんて、思えない。

「あ〜くそぉ…!」
忍はぐしゃと髪をかきあげた。


 長い戦いの中で、沙羅の強さに隠された脆さを垣間見たときから、彼女を必ず守り抜こうと決めた。
独りよがりでもかまわない。たとえ沙羅の思いが、まだあの男に残っていたとしても。
時が経った今でも、その気持ちは変わらない。でも。その傍らで。

もし沙羅が自分を見てくれたなら。自分の気持ちを肯定してくれたなら。

そんな思いも徐々に、芽生え始めていた。

だから、あのときの言葉。

夢じゃなかったとしたら…。
でも、やっぱり夢だったら…。

確かめたい気持ちと、確かめるのが怖い気持ちと。
頭の中で堂々巡りを繰り返していると、突然、ノックの音が響く。

「…開いてんぞ」
思考をさえぎられ、思わずぶっきらぼうに返してしまう。それに遠慮したのか、ゆっくりとドアが開いた。

「…私だけど」
ドアの間からのぞいたのは、赤い髪。
思わず勢い込んで起き上がる。

どうやら訪問者は、忍が今頭に浮かべていた人物、その人のようだ。


 「今日は…1人か?」
あの出来事以来。久しぶりに2人きりになる空間。なんとなく落ち着かずに問うと、
「なによ、悪い?」
大きな目ににらみつけられる。
「い、いや…」
「今日は長官に頼まれたんだよ。忙しくて来られないからって。これ、お見舞いだって」
沙羅は、果物のたくさん入ったかごを差し出すと、なにか食べる?と、尋ねてきた。
そして、忍がこくんとうなずいたのを確かめると、かごの中から赤く熟れたりんごを選んだ。

 沙羅が器用にりんごの皮をむく様子を、忍はぼんやりと眺めていた。
やはり、沙羅のほうから何か言い出してくる気配はない。

やっぱり…夢…?それとも…

ただ淡々と、くるくると落ちていく赤い螺旋。

頭の中の考えも、くるくるとまとまらない。
真意を確かめようか。確かめるなら、今は絶好のチャンスに違いないけれど。

「…?なにじろじろ見てんのさ」
「べ、別に…」
言われて目をそらす。沈黙が気まずい。

今を逃したら、今度いつこんな機会が巡ってくるかわからない。それどころか、もう一度巡ってくる保障すらない。
白黒はっきりつけたい性分の忍にとって、このまま曖昧になってしまうのは憂鬱なことだった。それならいっそ…
忍は一度息をのむと、できるだけそっけなく口を開いた。

「お前さ、あの時…あの亡霊野郎と戦ったとき、俺に何か、言ったか?」

失態覚悟で切り出してみる。笑い飛ばされたのならそれまで。
そんな忍の決意とは裏腹に。

「え…?」
ぴたりと止まる、沙羅の手。代わりに動く、視線。

「な、何かって…?」

予想していなかった反応。
思った以上に動揺が見える沙羅に、わずかに胸が高鳴る。

「いや、あの…」
淡い期待が、忍をもう一度思い切らせる。

「その…死ぬなとか。…好…」

が。


ばちん!!


すべて言い終わる前に、頬に走る痛みと、鈍い音。

「ってぇ!!ケガ人になんてことすんだよっ!!」
「あんたが変なこと言うからじゃないかっ!!ばかっ!」

頬を押さえる忍に怒声を浴びせると、沙羅はそのまま部屋を出て行った。



 サイドテーブルには、むきかけのりんごと果物ナイフが、所在なさげに残されていた。



2008.5.23


ぶぅにしてはめずらしい連載モノ。
GBの沙羅ちゃんの告白後を勝手に妄想補完しちゃいましたw