とことん、超のつくバカだ。と思う。
自分の行動。

靴音は、響くから。
薄手のタイツ。ひたひたと。この、寒いのに。

音を立てないように、細心の注意を払って、開けるドア。
普通に考えれば、不法侵入。手にした小箱が言い訳。とはいえ。

いくら今日という日だって。こんなことして許されるのは。
サンタクロースか、子どもたちのためにその代役を努める両親か。

そして私は当然。
そのどちらでもないってのに。




今夜は甘い夢を−X'mas night−




別に。
あいつにあげるために、探してたわけじゃない。
不意に通りがかった雑貨屋さん。
ディスプレイされてたその置時計は。

小さな地球儀の形。
秒針の先、飛行機を模った模型が、その周りを回って時を刻む。

面白いデザインに心を惹かれただけ。
ふいに顔が浮かんだ、なんてあるわけない。

「プレゼントですか?」

そう聞かれて。頷いてしまったのだって。
雰囲気に流されただけなんだってば。

でも、せっかく包んでもらったのに。
自分で開けるんじゃ、味気ないから。
仕方ない、から。


イブの日。
雅人からのいきなりの提案。
夜、基地でクリスマスパーティーを開こう、なんて。

宿泊許可も取ったらしく、夜中まで騒ぐ気満々な。

みんな集まるって言うから。
鞄の中、忍ばせたままの箱には、到底出番はなさそう。
そう思ったのに。

夜も遅くなって、ローラが寝入ってしまうと始まった、大人同士の会話。
クリスマスよろしく、サンタの正体をいつごろ知ったか、って。
ある意味無粋な話題。

口々に飛び出す面白おかしい思い出話。
そんな中。

1人、聞き役に徹していたその人が。

「で、忍は?」

促されて、肩をすくめて。

「さぁな…うちには来たことねぇからな」

さも、興味なさそうな口調で。そんなことを言うから。
…くだらないことを、思いついてしまったんだ。


ドアは、すんなりと開く。昔から、自室の鍵をかける習慣がないのは知ってる。
何かあっても、すぐ飛び出せるように。
今はもう、必要ないけど。抜けない癖。

部屋の中は、当たり前に暗くて。
躓かないように、音を立てないように。ベッド脇まで、近づく。

毛布に埋もれてよく見えないけど、どうやらこちらに背を向けて眠っている。
心持ち、ほっとしながら。

枕元って言っても、どこに置けばいいんだろう、なんて変なところで迷って。
きょろきょろと、見回して。結局、サイドテーブルに落ち着く。

箱を置いたら、作戦完了。ふうっと息をつく。
正体を、知られるわけにはいかない。
サンタの。その代役の苦労。身に染みる。

まったく、なにやってるんだか…呆れかえる気持ちと裏腹に。
忍の反応を。どこか、楽しみにしている自分もいる。

そうこうしていると、ごそ、と、寝返りを打つ気配。驚いて。
起こさないうちに、退散しないと。そう思ったときには。

「…ぅん…?」

時すでに遅し…うっすらと開いた目に。
私の姿はしっかり捉えられてしまった。

「沙羅…?なん、で…」

寝ぼけた声。呂律が怪しい。
仕事柄もあって、基本的に寝覚めはいいはずだから、珍しいこと。
少し羽目を外した、お酒のせいなんだろう。

むしろそのほうが好都合。
目覚めきらないうちなら、ごまかしようもある。
急いでその場を離れようと、踵を返した瞬間。

「やっ、ちょっと…!」

予想外の行動。
ぐい、と。伸ばした腕、引き寄せる力は。
思いのほか強くて。

抵抗する間もなく、忍に寄りかかる形になる。

「バカっ、何すん…」

不敵につり上がる唇の端。
くるりと体勢を入れ替えられる。
見下ろされて。

「ちょっ…忍…?」
「聖なる夜に、大胆だな、お前…」

思ってもみない言葉。落ちてくる。

「変な期待、しちまいそうなんだけど…?」
「なっ…」

確かに、夜中に部屋に忍び込むなんて。勘違いされても仕方ないのかもしれない。
おまけに少し、酔ってる…みたいだし。
けど。

「違っ…そうじゃなくてっ…」
「じゃあ、なんで…?」
「それ、はっ…」

本当の理由も。口に出して言うには照れくさすぎて。
思わず言葉に詰まる。

「沙羅…」

甘えたような声で呼ばれて、濡れた瞳、見つめられる。
いつもより、高く感じる体温。熱い吐息。
答えに窮している間に、降りてきた唇。
首筋を、なぞって。

「ぁ…やだ…」

ぞわり。甘く粟立つ肌。頭は、ただ混乱して。

クリスマスだからって。
サンタの真似事なんて、するもんじゃない。

子どもならまだしも大人には。
だいたい期待するもの、間違ってると思うし。

と、じたじたとあがく指先に、何かが触れた。
ほとんど反射的に、それをつかんで。

「もぅ、ホントに…忍のっ…バカーっ!!」
「…がっ…!!」

ゴツン、と。
思いのほか鈍い音が、部屋に響いた。



翌朝。
食堂でサンドイッチとコーヒーの朝食をとっていると、向かいの空いていた席を、誰かが無言で陣取ってきた。

「っ…」

ちらりと上げた視線、すぐに目の前のサンドイッチに戻す。
そこに座っていたのは、今一番顔を合わせたくない相手だったから。

「…よぉ」

その相手…忍は、ぼそりと呟いた。

「怒ってんのかよ…?」
「…」

何も答えず、コーヒーカップを傾ける私に、
忍は不機嫌そうに続けた。

「…悪かったよ。けど…元はと言えば、お前がいきなり入ってくるから…」

忍の言うことに、一理あるのは。重々承知。
でもつっかかってしまうのは、いつもの悪い癖。

「なによ、だからって酔った勢いであんなことしていいと思ってるわけ?!」

勢いよくまくし立てて。
ふいっと目をそらす。
情けないけど。まともに顔を見られない。

「だから悪かったって言ってんだろ?!」
「あぁもう、わかったわよっ!」

再び灯りかけた熱を逃がすように、吐き捨てる。
本当に、バカなことを思いついてしまったと、後悔するしかない。

「それでさ…」

と、忍が突然切り出した。

「ちょっと、お前に付き合ってもらいたいとこ、あるんだけど…」

そう言うと、目の前に何かを差し出す。

あの、置時計。私が部屋に忍び込んだその発端の。
でも。何かが違う。最初に見たときと。何かが。

「あ…」

地球儀の周りを回っていたはずの飛行機。
その姿はそこにはなくて。

「これ、取れちまってんだよな…」

忍の手のひらの上。不時着してる。
もしかしなくても。あのとき私がつかんだのは。
これだった、らしい。

「修理しようにも、うまくいかねぇから…やっぱ店に持ってったほうがいいんだろうなって…」
「…箱にお店の名前、書いてあるでしょ?自分で行きなさいよ」
「壊したの、お前も共犯だろ?」
「…」

そう、言われれば。返す言葉はない。
黙り込む私に。忍が次に言ったのは、意外な言葉だった。

「…ったく、それに託けて、誘ってんだ。いいかげんわかれよ…」
「え…?」

顔を上げるタイミングで、目を、そらすから。
私も視線のやり場に困る。

「俺…クリスマスにあんなふうにプレゼントもらったの、ホント初めてでさ。だから、むちゃくちゃ嬉しかった。サンキュー、な…」

まさか、こんな子どもみたいな顔するとは思わなかった。
照れてる忍以上に、私まで、くすぐったくなる。

「別に…そんな…」
「それに…」

重なる言葉。再び、顔を上げると。

「おかげで昨日は、いい夢見られたしな」
「なっ…」

いたずらっぽく片目を瞑った、不意打ちに。
なにも紡げない唇とは対照的に、頬はみるみる真っ赤に染まる。

「…っ…!!」

困ったからって。暴力に頼るのはよくない。けど。
考えるより先。思い切りの、平手打ち。ヒットして。

時間的に、人はまだまばら。
それでも、起こるどよめき。逃げるように、その場を後にする。

「ってぇな!冗談だって…」
「余計むかつく!」
「なんでだよ?!」
「なんででも!!」

なかなか引かない熱の理由は。思い出してしまったから。
昨日の出来事。それから。
…その後で見た、甘い甘い夢のことも。

ずかずかと、先を行く私の背中に。

「沙羅っ」

ぶつかる声。思わず振り向くと。

「昨日の…別に、酔った勢いってだけじゃ、ねぇからな」

普通に考えればドキリとする。そんな言葉。だけど。

ますますざわめくギャラリー。
当たり前に誤解を生む。

「…っ…もう、勝手にすればっ…!」

好奇の目にさらされながら。
恥ずかしさは頂点で。

こんなヤツに、もう2度とサンタなんか来るもんか!

沸騰する頭の端、私はそんなことを考えていた。




2010.12.24


2010年クリスマスSSでした。

去年は忍くんがサンタだったので、今年は沙羅ちゃんをサンタにしようという安易な発想から生まれたお話です(笑)
時期はGB後まもなくの、微妙(でも忍くんのほうはけっこう積極的?!)な頃を想定して書いてみました。

ちなみに、プレゼントの時計は、ぶぅの家に実在します(!)
が、残念なことに、あまりの見難さに時計としての機能を果たしていません(なんだそれはw)