寒空を照らすのは、月明かり。
でも、それよりもっと明るい街の灯り。

繁華街の真ん中。
しかも今日は、クリスマス・イヴだから。

ぎしりと軋むパイプ椅子に腰掛けて、
机に片肘を突く。

向かいの店のショーウィンドウに映った自分の姿、ふと目に入って。

はぁ、と、何度目かのため息は、白く曇って空に消えていった。




wintry sky〜あなたに楽しいクリスマスを〜




1年最後の月が、慌しく始まった、そんなある日の昼下がり。
午後の業務までの所在無いひと時、ぶらりと廊下を歩く。

街に出ればクリスマスムード一色のこの時季。
基地内は、相変わらずのモノクロに覆われて。

それでも今の自分には、むしろ居心地よくさえ思える。


昨日、沙羅から告げられた。

クリスマスの日は、仕事で会えない、と。

やけに神妙な面持ちで言うから、何事かと思えば。
そんなの、別にその日に会わなきゃいけないってわけでもないし、
第一、はしゃぐような歳でもないし。

そう返したのは、ウソではなかった。
なかった、けど。

何気に空白にしてあったその日の予定。
埋めるものがないとなると、なんとなく…やっぱり、物足りない。


毎年欠員が出る夜間勤務でも引き受けようか。
そんなことを思っていると、

「ほんっとゴメン!!」

突然、飛び込んでくる声。

声は、談話室の隣に設置されたテレフォンスペース付近から聞こえる。
気になって顔をのぞかせると、

「うん、わかってる…でも、行かないわけにいかないんだ…」

受話器に向かう一人の訓練生の姿が目に入った。
よく知った仲というわけでもないが、何度か訓練や講義で見た顔だ。

「クリスマスだからさ、やっぱり人手が足りなくて…」

どうやら、クリスマスの予定を断る電話らしい。
盗み聞きするつもりはなかったが、内容からそう予測がつく。

「うん、ゴメン…ほんとに、ゴメン…」

謝り倒すその表情は、気の毒なほどにしゅんとして。
電話の相手はよほど大切な人なのだろう。
その人を、がっかりさせたこと。きっと、彼が悪いわけではないのに。

ふと、その姿が、昨日の沙羅と重なる。

断られた俺よりも、辛そうな顔。
気にするな、そう言っても、
ごめんね、と、何度も何度も。


明らかに、お節介に違いなかった。
それでも居ても立ってもいられなくなって。

俺はずかずかと訓練生に近づき、受話器をひったくった。

「えっ?ええっ?!」

当然、驚きのあまりに目を丸くする彼を尻目に、
受話器の向こうに語りかける。

「安心しな。仕事なら俺が代わってやる。心置きなくクリスマスを楽しめよ」

そう言って、ガチャンと受話器を置いた。



そんないきさつあって。
クリスマス・イヴの夜、ここに座っている。

彼の代わりに『仕事』を引き受けたからなのだが。問題は。


てっきり夜間勤務のことだと思っていた彼の『仕事』が、
実は実家の手伝いだったということ。

そしてその実家が、ケーキ屋だったということ。

ケーキ屋といえば、クリスマスは掻き入れ時。
繁華街での街頭販売というのが今日の仕事だった。


よりにもよって接客なんて一番避けてきた事を、ここに来てすることになろうとは。

しかも、商品と一緒に渡されたのは。
この日の主役。頭の先から足まで真っ赤なあの人物の、衣装一式。


確かに。
突然空いてしまった予定を埋めることはできた。
お節介とはいえ、人助け…にもなったかもしれない。でも。

せめて仕事の内容を聞いてからにすればよかった。
…今さら言っても、後の祭りというやつだが。


再び口をついたため息とともに、疲れがどっと押し寄せる。
いつの間にか、腕時計の針は10時をまわり、店じまいの時間が近づく。

人通りの多い場所が幸いしてか、順調に捌けたケーキの箱は、残すところあと1つ。

この数時間、
寒いのと恥ずかしいのに耐えつつ、
時折子どもたちから、明らかに恐いものを見る目で見られたりしながら、
それでもなんとか託された仕事は全うできそうで、胸をなでおろす。
売れ残りが1つなら、まあ、上々だろう。


通りに目を向けると、恋人たちの寄り添う姿。

もともと、恋人同士のイベントというわけでもないのに、
寒空と、対照的に賑やかなイルミネーションは、妙に人恋しさを掻き立てるらしい。

そんな姿を見ているうちに、不覚にも、会いたくなる。
たぶんまだ、仕事に追われているんだろう、その人に。


と。

目の前に、人の気配。

ぼんやりしている間に、最後の客が現れたようだ。
慌てて立ち上がると、

「やけにふてくされたサンタがいると思ったら」

そこには、呆れ顔の沙羅の姿があった。

「えっ…」

たった今。
会いたいと願った、その人物を目の前に、
一瞬、思考が停止する。

「なにやってんのよ、こんなところで。しかもそのカッコで」

しげしげと見つめられて、我に返る。
そういえば、今の自分は、あまり人に見せれるような格好では…

「でも…結構似合ってるんじゃない」

くすりと笑い混じりの言葉も…あまり嬉しくない。

「…お前こそなにやってんだよ。仕事は?」

ばつが悪くてぶっきらぼうに尋ねると、

「取引先に書類届けて、これから帰るところ」

肩をすくめる、その姿。
仕事用らしい黒いコートは、飾り気のないシンプルなデザイン。
だからこそ映える、赤い髪。白い肌。

「…忍?どうしたの…?」
「あ、いや…」

思わず見とれてた、なんて言えるわけもなく。
この寒いのに上り始めた熱を振り払うように、ぶるぶると頭を振る。

「あ、そうだ。それ、もらえる?」

と、沙羅が指差したのは、ケーキの箱。最後の、1つ。

「せっかくのクリスマスだし、ケーキぐらい買って帰ろうと思って」
「あぁ…」

ごそごそと、手提げ袋につめる。
ここ数時間で、やたら手慣れてしまった作業。

差し出された代金は、袋と一緒に沙羅の手に押し返す。

「え…これ、売り物でしょ?」
「いいさ。どうせもう店じまいだ。あまったってしょうがねぇ」
「でも…」

戸惑った表情を見せる沙羅に、

「サンタからのプレゼントな」

冗談混じりな、そんな言葉とともに。
すると沙羅は、少し考えて、観念したようにうなずいた。

「ありがとう…でもね…」
「?」

す、と爪先立って、耳元に唇を寄せる。

「…プレゼントなら、サンタさんに届けて欲しいんだけど」

冷えた耳が、一気に熱くなる。
そんな、囁きに。

「…さすがにこれ着ては行けねぇけど、それでもかまわねぇか?」

くだらない返し。
顔を見合わせて、思わず吹き出した。



たたんだ机とパイプ椅子。がちゃがちゃ鳴らしながら運ぶ。

本当は今日、ここに座るはずだった彼は、
大切な人と、楽しいクリスマスを過ごしているんだろうか。
ふと、そんなことを思いながら。

隣には、ケーキの箱を抱えた沙羅。

俺の、大切な人。

それだけで。
寒空も、冷たい空気も、色を変えるから。

ずっしりと重い荷物。それでも、足取りは軽く。


一刻も早くこの両手を解放して、大切な人を、抱きしめるために。




2009.12.24



2009年クリスマスSSでした。

最後のシーンがふと思いついて、あとからいきさつを考えたので、
こじつけがましいことこの上ないのですが、
なんでしょう…言うなれば、インターンシップですね(違)
重いのを完結した後だったので、軽いのを書きたかったのです〜。
いろんな意味で大目に見てやって欲しい、そんな2009年ラスト作でした(笑)

読んでくださったみなさまも、どうか楽しいクリスマスを!!