[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



寒空を照らすのは、月明かり。
でも、それよりもっと明るい街の灯り。

繁華街の真ん中。
しかも今日は、クリスマス・イヴだから。

ぎしりと軋むパイプ椅子に腰掛けて、
机に片肘を突く。

向かいの店のショーウィンドウに映った自分の姿、ふと目に入って。

はぁ、と、何度目かのため息は、白く曇って空に消えていった。




wintry sky~あなたに楽しいクリスマスを~




1年最後の月が、慌しく始まった、そんなある日の昼下がり。
午後の業務までの所在無いひと時、ぶらりと廊下を歩く。

街に出ればクリスマスムード一色のこの時季。
基地内は、相変わらずのモノクロに覆われて。

それでも今の自分には、むしろ居心地よくさえ思える。


昨日、沙羅から告げられた。

クリスマスの日は、仕事で会えない、と。

やけに神妙な面持ちで言うから、何事かと思えば。
そんなの、別にその日に会わなきゃいけないってわけでもないし、
第一、はしゃぐような歳でもないし。

そう返したのは、ウソではなかった。
なかった、けど。

何気に空白にしてあったその日の予定。
埋めるものがないとなると、なんとなく…やっぱり、物足りない。


毎年欠員が出る夜間勤務でも引き受けようか。
そんなことを思っていると、

「ほんっとゴメン!!」

突然、飛び込んでくる声。

声は、談話室の隣に設置されたテレフォンスペース付近から聞こえる。
気になって顔をのぞかせると、

「うん、わかってる…でも、行かないわけにいかないんだ…」

受話器に向かう一人の訓練生の姿が目に入った。
よく知った仲というわけでもないが、何度か訓練や講義で見た顔だ。

「クリスマスだからさ、やっぱり人手が足りなくて…」

どうやら、クリスマスの予定を断る電話らしい。
盗み聞きするつもりはなかったが、内容からそう予測がつく。

「うん、ゴメン…ほんとに、ゴメン…」

謝り倒すその表情は、気の毒なほどにしゅんとして。
電話の相手はよほど大切な人なのだろう。
その人を、がっかりさせたこと。きっと、彼が悪いわけではないのに。

ふと、その姿が、昨日の沙羅と重なる。

断られた俺よりも、辛そうな顔。
気にするな、そう言っても、
ごめんね、と、何度も何度も。


明らかに、お節介に違いなかった。
それでも居ても立ってもいられなくなって。

俺はずかずかと訓練生に近づき、受話器をひったくった。

「えっ?ええっ?!」

当然、驚きのあまりに目を丸くする彼を尻目に、
受話器の向こうに語りかける。

「安心しな。仕事なら俺が代わってやる。心置きなくクリスマスを楽しめよ」

そう言って、ガチャンと受話器を置いた。



そんないきさつあって。
クリスマス・イヴの夜、ここに座っている。

彼の代わりに『仕事』を引き受けたからなのだが。問題は。


てっきり夜間勤務のことだと思っていた彼の『仕事』が、
実は実家の手伝いだったということ。

そしてその実家が、ケーキ屋だったということ。

ケーキ屋といえば、クリスマスは掻き入れ時。
繁華街での街頭販売というのが今日の仕事だった。


よりにもよって接客なんて一番避けてきた事を、ここに来てすることになろうとは。

しかも、商品と一緒に渡されたのは。
この日の主役。頭の先から足まで真っ赤なあの人物の、衣装一式。


確かに。
突然空いてしまった予定を埋めることはできた。
お節介とはいえ、人助け…にもなったかもしれない。でも。

せめて仕事の内容を聞いてからにすればよかった。
…今さら言っても、後の祭りというやつだが。


再び口をついたため息とともに、疲れがどっと押し寄せる。
いつの間にか、腕時計の針は10時をまわり、店じまいの時間が近づく。

人通りの多い場所が幸いしてか、順調に捌けたケーキの箱は、残すところあと1つ。

この数時間、
寒いのと恥ずかしいのに耐えつつ、
時折子どもたちから、明らかに恐いものを見る目で見られたりしながら、
それでもなんとか託された仕事は全うできそうで、胸をなでおろす。
売れ残りが1つなら、まあ、上々だろう。


通りに目を向けると、恋人たちの寄り添う姿。

もともと、恋人同士のイベントというわけでもないのに、
寒空と、対照的に賑やかなイルミネーションは、妙に人恋しさを掻き立てるらしい。

そんな姿を見ているうちに、不覚にも、会いたくなる。
たぶんまだ、仕事に追われているんだろう、その人に。


と。

目の前に、人の気配。

ぼんやりしている間に、最後の客が現れたようだ。
慌てて立ち上がると、

「やけにふてくされたサンタがいると思ったら」

そこには、呆れ顔の沙羅の姿があった。

「えっ…」

たった今。
会いたいと願った、その人物を目の前に、
一瞬、思考が停止する。

「なにやってんのよ、こんなところで。しかもそのカッコで」

しげしげと見つめられて、我に返る。
そういえば、今の自分は、あまり人に見せれるような格好では…

「でも…結構似合ってるんじゃない」

くすりと笑い混じりの言葉も…あまり嬉しくない。

「…お前こそなにやってんだよ。仕事は?」

ばつが悪くてぶっきらぼうに尋ねると、

「取引先に書類届けて、これから帰るところ」

肩をすくめる、その姿。
仕事用らしい黒いコートは、飾り気のないシンプルなデザイン。
だからこそ映える、赤い髪。白い肌。

「…忍?どうしたの…?」
「あ、いや…」

思わず見とれてた、なんて言えるわけもなく。
この寒いのに上り始めた熱を振り払うように、ぶるぶると頭を振る。

「あ、そうだ。それ、もらえる?」

と、沙羅が指差したのは、ケーキの箱。最後の、1つ。

「せっかくのクリスマスだし、ケーキぐらい買って帰ろうと思って」
「あぁ…」

ごそごそと、手提げ袋につめる。
ここ数時間で、やたら手慣れてしまった作業。

差し出された代金は、袋と一緒に沙羅の手に押し返す。

「え…これ、売り物でしょ?」
「いいさ。どうせもう店じまいだ。あまったってしょうがねぇ」
「でも…」

戸惑った表情を見せる沙羅に、

「サンタからのプレゼントな」

冗談混じりな、そんな言葉とともに。
すると沙羅は、少し考えて、観念したようにうなずいた。

「ありがとう…でもね…」
「?」

す、と爪先立って、耳元に唇を寄せる。

「…プレゼントなら、サンタさんに届けて欲しいんだけど」

冷えた耳が、一気に熱くなる。
そんな、囁きに。

「…さすがにこれ着ては行けねぇけど、それでもかまわねぇか?」

くだらない返し。
顔を見合わせて、思わず吹き出した。



たたんだ机とパイプ椅子。がちゃがちゃ鳴らしながら運ぶ。

本当は今日、ここに座るはずだった彼は、
大切な人と、楽しいクリスマスを過ごしているんだろうか。
ふと、そんなことを思いながら。

隣には、ケーキの箱を抱えた沙羅。

俺の、大切な人。

それだけで。
寒空も、冷たい空気も、色を変えるから。

ずっしりと重い荷物。それでも、足取りは軽く。


一刻も早くこの両手を解放して、大切な人を、抱きしめるために。




2009.12.24



2009年クリスマスSSでした。

最後のシーンがふと思いついて、あとからいきさつを考えたので、
こじつけがましいことこの上ないのですが、
なんでしょう…言うなれば、インターンシップですね(違)
重いのを完結した後だったので、軽いのを書きたかったのです~。
いろんな意味で大目に見てやって欲しい、そんな2009年ラスト作でした(笑)

読んでくださったみなさまも、どうか楽しいクリスマスを!!