vague〜ふたりのかたち〜





沙羅が、モデル仲間の1人に口説かれてるらしい。

どこからともなく流れてきたそんな噂は、俺の心を大いに掻き乱した。

居てもたってもいられずに沙羅を呼び出したのは。
訓練後、人気のない講義室。

「何の話かと思ったら…」

俺の剣幕とは裏腹に、呆れたような口調で、沙羅は肩をすくめた。

「ホント…なのかよ?」
「まあ、確かに1回誘われたけど…。どこから伝わったんだろこの話…」

考え込むように視線を泳がせる沙羅に、俺は波立つ心のままに、追い討ちをかける。

「ってか、噂にならなかったら、黙っとくつもりだったのか?」
「っ…別にそんな報告義務、ないでしょ」
「…」

思わず黙り込む。

確かに。俺と沙羅は。
…今もってただの『同僚』なのだから。

正直、返す言葉はない。けど。

「で、その…。返事は…したのかよ?」

平静を装う声はどこか不自然で。
でもこれだけは聞いておかないと気がすまない。

…まあ、答えは予想通りというか、なんというか。

「だから、なんでいちいちあんたに報告しなきゃなんないのよ。関係ないでしょ!」

鋭い視線と言葉を投げつけて、沙羅は部屋を出て行った。



『関係ない』―――。

予想通りとはいえ、胸に刺さる言葉。
頭の中、ぐるぐると回る。

関係大アリだ、とか。思ってるのは俺だけ…ということか。

自分の中にいつからか芽生えた沙羅への想い。
正体不明だったそれが、明らかになってから。もうずいぶん経つ。

でも、考えてみれば。
未だに、それを言葉にしたことはない。

周りに言わせれば、『バレバレ』らしい、俺の態度。
照れ隠し、否定しながらも。どこか、それに甘えて。
『伝わってる』つもりに、なっていただけで。

そしてそれを表立って拒絶されないことに、満足して。
沙羅の気持ちを知ることからも逃げていた。

これまでは。すぐ近くで同じ世界を共有してきた。

でも、1つの大きな使命を終えて。
それぞれが新しい世界に踏み出した今。
もう、それに甘えてばかりはいられないのかもしれない。

ずっと、沙羅を見てきたから。

見た目の華やかさや、上辺の強さだけじゃなくて。
その傷つきやすい心も。涙もろいところも。全部。ぜんぶ。

だから。相手がどんなヤツなのかは知らないけど。いや、どんなヤツだったとしても。
絶対に、渡すわけにはいかない。

揺るぎない思い。再確認。
だったら、どうするのか。それはもう、明白なこと。

新たな一歩。踏み出す決意。
願わくば…踏み外すことのないように、祈りながら。



「…何よ、話って…」

次の日。再び同じ講義室。

さすがに二日連続の呼び出し。怪訝そうにしながらも。
走り書きでロッカーに忍ばせたメモ、気づいてくれたことにホッとする。

「いや…別に、大したことじゃねぇんだけど、…」

嘘ばっかりの台詞。小さく震える語尾が証拠。

大げさでなく、この瞬間、ずっと曖昧だった2人の関係は変わる。
…前進か、後退か。それが問題だけど。

「昨日のっ…話…」
「っ…」

切り出した途端。沙羅も、どこかそわそわと体を硬くする。

この状況。俺の態度。当然何かを察しているはず。
そう思うと、また怖気づきそうになる。
でももう、後には引けない。引かない。

思い切って、堰を切った。

「ぁ、相手がどんなヤツかは知らねぇけどよ…っ、俺のほうが、もっと、ずっと前からおまっ…」
「こ、断った、からっ」
「え、ぇ…?」

ばっさりと、遮られて。言葉は宙に舞う。

思わず出たのは、間の抜けた声。
声だけじゃない。総じて情けないことになっているに違いない俺を尻目に、沙羅は続けた。

「っ、知りたがってたじゃない。これでもう、文句、ないでしょ?」
「ぃや…その…」

その結論に、本来なら喜ぶべきところなのかもしれないけど。それよりも。

偶然なはずはない。絶妙のタイミング。
…敢えて続きを阻もうとしたようにさえ感じる…その理由、思い当たらなくて。

混乱する頭、何とか落ち着かせようと必死になっていたら。

「仕事仲間、って言っても…ほとんどしゃべったことないし、よく知らない人だったから…」

泳がせた視線、ふい、とそらしながら。

「…それに、ね…」

思い切るように、心を決めるように。
一瞬噛み締めた唇がほどけて。

「…もしかしたら、いるかもしれないでしょ。私のこと…もっと、ずっと前から…想ってくれてる人が…」

沙羅の言葉は、こう続いた。

「、…っ…」

一瞬置いて。かあ、と熱を帯びる頬。
俺も。そして沙羅も。

「っ、じゃ、私これから予定あるから…っ」
「お、おぅ、」

お互いに、逃げるようにその場を収める。
バタバタと、部屋を出る後ろ姿、見送って。



残された、無人の部屋。
もう一度、沙羅の言ったことを反芻する。

『もっと、ずっと前から…』

俺の言葉をなぞって返したそれは、ある意味、沙羅の答え。そして。
今はまだ。このままでいたい。後ろにも前にも進まずに。そんな、願い。

最悪の結果、ではないにしろ。
最良には程遠い。…むしろ生殺し的な。

それなのに。
当たって砕けた決意と覚悟には悪いけど。

沙羅がそれを望むなら。
それが今の俺たちの、あるべき形、なのかもしれないと。

そんなふうに思ってしまえるのは、惚れた弱み、というやつか。
自分自身に苦笑する。



でも、いつか。いつだっていい。その時が来たら。
言えなかった言葉の続き。今度こそは。

そう、心に決めて。

何も変わらないようでいて、大きく変わったはずの。
2人のこれからに。

ドアを開けて、最初の一歩。

どこかすがすがしい気持ちで、踏み出した。




2013.11.22


20000HITキリ番ゲッターlapiさまより頂きましたリクエスト作品です。
キリ番を踏んでいただいたのは、去る7月…どう考えてもお待たせしすぎですね…ごめんなさい;

『告白したいけどなかなか言えない忍くん』ということでリクエストいただきました。
時期は、レクイエムとGBの間ぐらい。沙羅ちゃんがモデル業を始めて、2人の間に今までとは違う(いい意味での)距離感ができ始めた頃…でしょうか。
忍くんも『なかなか言えない』のですが、沙羅ちゃんも『言わせない』(忍くんの気持ちにも自分の気持ちにもすでに気づいてはいるけど、いざとなると怖くなって咄嗟に阻んでしまうという感じかと…)という、どこまでもじれったい2人ですが、それでも着実に同じ場所に向かってる…その中継地点を妄想してみました。

lapiさま、改めましてキリ番ゲット&リクエストありがとうございます。ものすごく遅くなってしまい申し訳ありませんでしたが…受け取っていただけると嬉しいです。