私はもう、地球を守る英雄でも
愛する男に裏切られた悲劇のヒロインでもない。

すべてが終わって。
時が経って。

穏やかな場所を手に入れた。



それでも時折見る夢は、あのときの――――




うたたね




待ってよ―――

追いつかなくちゃと思うのに。焦るのに。
私はそこから動けなくて。
気持ちと裏腹に、離れていく距離。

胸が締め付けられて、呼吸が浅くなる。
呼び止めようとしても、声が出ない。

置いて行かないで――――

声にならない叫びが、体中を駆け巡る。

眩暈と吐き気に襲われて、私はぎゅっと、瞼を閉じた。


と。
突然降ってくる、やわらかい感触。
はっとして目を開けるとそこは、自分の部屋で。
描きかけのデッサンが散乱する机の次に視界に入ったのは、
「あ、悪ぃ。起こしちまったな」
ぽりぽりと頭を掻いて、立っている忍。

「いつ、来たの?」
「今だよ」
今…言われて、うたたねの途中に見た夢を思い出す。
私はおそるおそる尋ねる。
「忍、私…寝言とか言って…ないよね?」
忍のことだ。
聞いていたらきっと気がつくだろう。
時が経った今も、私の心の中に住み着くあの出来事。
いまさら余計な心配はかけたくない。だから
「さあ?怖い夢でも見たか?」
首を傾げた忍に、私はほっと胸をなでおろした。

「今日早番でさ。お前休みだって聞いてたから来たんだけど…忙しいのか?」
机の上の書類の山を眺めて、ちょっと残念そうに忍が言う。
「…ごめん」
忙しいのは本当で、私は謝るしかできなかった。
「気にすんな。じゃ、俺は…」
「どこ、行くの?」
くるりと向ける背中に、私は特に深い意味もなく、決まり文句のように聞いた。
でも振り向いた忍は、妙に真剣な面持ちでこう言った。

「安心しろ。俺はお前を置いてどっか行ったりしねぇよ」

「え…?」
一瞬の沈黙の後、忍はニッといたずらっぽく笑った。
「なーんてな。お前の仕事が一段落するまで、時間つぶしてるよ。終わったら、メシ食おうな」
じゃ、と片手を挙げて去っていこうとする忍に、私は思わず立ち上がる。

「ちょっ…忍っ…」
やっぱり聞いてたんじゃない、とか。なんで嘘ついたの、とか。
言いたいことはたくさんあったけれど。

心配かけたくないと思っていても。
この人には、お見通しなんだ。
そんな、驚きというか、感心というかで、頭はいっぱいで。

立ち上がった拍子にずり落ちた毛布を見て、
「…これ…ありがとう」

それだけ言うのが、精一杯だった。




2008.3.9


忍くん、再び寝込みに潜入(笑)
沙羅ちゃんは、すべてが終わった後でもときどき辛い夢を見るんじゃないかなあ、と思って書いてみました。