さわ、と、通り過ぎる風。 少し伸びた髪を揺らす。 キャノピーを開けて、見上げれば高い木々、生い茂り、 多分、上空から姿は見えない。幸か、不幸なのか。 視線を落としてにらみつける計器。 異常を示すランプ、忙しなく点滅して。 当然発進は、できそうにない。通信も、途絶えたまま。 「っ…」 コクピットを抜け出して、地面に降り立つ。 振動で走る鈍痛。唇を噛んでやり過ごす。 墜落の衝撃で打ち付けた肩。幸い打撲程度ですんだけど。 イーグルの方は、そういうわけにもいかないらしい。 改めて見ると、無惨にも、壊れた翼。はがれた塗装。むき出しの配線も、痛々しく。 「参ったな…」 思わず、ため息が漏れた。 unforgettable〜アリガトウ〜 山あいの集落に取り残された数人の民間人の保護。 これが、今回の作戦の目的で。 陸路を行く戦車形態の救出班から、敵の目を逸らすための陽動役、買って出た。 唯一の飛行タイプ。こういうときは、小回りが利く。 作戦は、見事成功。 救出班の撤退を確認して、機体を旋回させたその時だった。 潜んでいた一機が、その帰還方向に向けて、攻撃を仕掛けてきた。 間一髪、攻撃を防いで撃破したものの。 突然のことに詰めすぎた間合いが仇となって、翼をやられて。 しまった、と思ったときにはもう遅く。 機体はコントロールを失って、木々の間、墜落した。 引っ張り出してきた工具を手に、イーグルの脇に腰を下ろす。 こういう事態に備えて、ちょっとした整備ぐらいは、心得てるけど。 ここまで派手に壊されたら、正直自信はない。でも。 空を見上げれば、瞬き始める一番星。 いつの間にか、傾きかける陽。 救助を待つ時間はない。 もちろん、戦況に影響が出ること。 だけどもしかしたら、それ以上に。 一刻も早く。今日が終わるまでには。帰らなければならない理由があるから。 今日のこと、初めて知ったのは。 ちょうど一ヶ月前。自分の誕生日。 子供の頃は、それなりに一大イベント。 学生時代だって、一つ大人になった、そんな感慨ぐらいはあった。 でも今に至っては。 ついにそんな意識さえも、持てなくなった。 過ぎていく毎日。生きるのに必死で。 そんな、なんの意味も持たなくなってしまった日に、偶然とはいえ、再び意味を与えてくれたのは、他ならぬあいつで。 『…おめでと』 そっけない祝いの言葉と、口の中に広がった甘い味。脳裏に蘇る。 勢いで聞き出したあいつの誕生日。それが今日。 あの時、少し戸惑い気味につぶやいたあいつの、微かに翳った瞳。 何を思い出してたかなんて、考えるまでもない。 今日のこの日。あいつが会いたいと願うのは…。そんなこと、わかってるけど。 それでも、あんな顔、見せられたら。 祝ってやる、なんて。偉そうに言ってのけたわりには。 結局、気の利いたことなんて何も、思いつかなかったけど。 でもせめて、あの日もらった忘れられない言葉。それだけでも、返したいと思うから。 手にしたスパナを放り投げ、長い息をつく。気休め程度の応急処置。 それでも、動いてくれれば十分。 再びコクピットに戻る。依然、点滅を繰り返す赤いランプを横目に。 「なぁ、頼むぜイーグル。連れてってくれよ。俺を、あいつのところまでさ」 祈るように、呟いて。コンソールを弾く。 やはり、反応はなく。 だめか…。 肩を落としかけた、その時。 「!」 ランプの色が、青に変わる。 起動の合図。ぶん、とエンジンに火が灯る音。 獣が、息を吹き返す。 驚きの後、高揚する心。に、と上がる唇の端に留めて。 「さっすが、俺の相棒だぜ」 労うように、ぽんぽんと機体を叩くと、急いで広げたままの工具を取りに戻る。 せっかくその気になった相棒に、心変わりされても困る。 あちこち散らばった工具、かき集めながら。ふと視線の端、奪われる。 さっきは気づかなかった、白い小さな野花。風に揺れる姿。 正直花とか、特に興味はない。名前だって、知らないし。 でも、ふいに思い出す。前に、ローラが言ってた。 『ローラはホントに、花が好きだな』 そう言った俺に。 『女の子は、みんな好きよ』 返ってきた、そんな言葉。 あいつも、好きなんだろうか。 そんな考え、頭をよぎって。 工具と、一輪の花。携えて。 コクピット。 「待たせたな」 機嫌を損ねることなく待っていてくれた相棒に、声をかけて。 ぐ、と操縦桿を握った。 とはいえ。 俺もイーグルも、片腕を庇いながらの飛行。 スピードも出せないから。 なんとか基地までたどり着いた頃には。気力も体力も限界。 報告もそこそこに、医務室に強制連行されて。 「じゃ、よく休んでね、忍。早く回復して、またバリバリお仕事してもらわなくちゃ」 「そういうことだ」 「…お前ら、容赦ねぇな…」 雅人と亮の訪問は。見舞いというには幾分手荒で。 だけど、こうして来てくれる。 疲れているはずなのに。ありがたいと思う。 そして、二人と入れ違い、訪れたのは。 「…」 控えめなノックに続いて、ドアの隙間から覗く赤い髪。 「沙羅…」 「…」 沙羅は、言葉もなく部屋に入ると、ちょこんとベッドサイドのイスに腰掛けた。 「…」 うつむいたままの顔。覗き込むように視線を送ると、ふい、とそっぽを向く。 どこか、不機嫌そうな表情。 怒らせるようなこと、した覚えはないけど…。 そんなことを、思っていると。 「…か…」 「え…?」 「忍の…バカっ!」 「へっ?」 いきなり、詰め寄られて。思わず言葉を失う。 沙羅は、握り締めた手を震わせながら続けた。 「あんな状態で、あんな距離、飛んで帰ってくるなんて…。途中でなんかあったら、どうするつもりだったのよ?!」 震える声。唇を噛む表情。 まるで、溢れ出す感情を押し殺すように。 驚いて。でも、どこか少しだけ。 「心配、してくれたのか…」 「っ、私はただ、大事な戦力に、いなくなられたら、困るからっ…」 もごもごと口ごもる沙羅の、ホントの本音は、わからないけど。 「…そうだな、悪かったよ…」 その怒りの底にあるもの、都合よく解釈して、嬉しくて。 「けど、別に俺だって、考えなしに無茶やったわけじゃねぇんだぜ?」 「え…?」 壁にかかった時計に、ちらりと目をやる。 時刻は、タイムリミットぎりぎりだけど。 「お前の誕生日…ちゃんと、間に合った、だろ」 俺の言葉に、沙羅は目を丸くする。 「うそ、覚えてた、の…?」 「約束、したじゃねぇか」 「…」 「とか言って結局、なんの準備も、できなかったけど、な…」 申し訳程度持ち帰った、白い花の存在。思い出して。 ごそごそと差し出したけど。 「これ、…あ…」 当然といえば当然。長時間の移動で、すっかりしおれてしまった花は。 およそ人に贈るには適切とは言えない姿で。 「いや、え…と…」 気まずくて、ぽりぽりと頭を掻く。 やっぱり慣れないことは、するもんじゃない。 でも沙羅は、黙ってその花を受け取ると、愛おしそうに胸元に引き寄せた。 そして。 「な、な、なんで、泣くんだよ…」 「…っ、あんたが、あんまりカッコわるすぎるから、泣けてきた…」 「…う…、まぁ…否定はできねぇけどさ」 いろんな意味で、予想外の反応。 混乱しながらも。 「おめでと、沙羅…」 ようやく伝えられた、一月前の、お返しの言葉に。 「…ありがとう」 返ってきた涙声。 今日の日もまた、あの日と同じ。 忘れられない1日になった。 2011.7.7
2011年沙羅ちゃんお誕生日SSでしたー(おめでとう沙羅ちゃん!!) 誕生日を知るきっかけ、こんなだったかもしれない妄想第2弾、ということで、 まだまだ恋未満(でも仲間、よりはちょっと進んだ?)な二人。 『おめでとう』も『ありがとう』も、言った側言われた側どちらにとっても忘れられない言葉になった、というオチ(?!)でございました。 さて、あっという間にお誕生日も4回目…毎回ぎりぎりになって降ってくるネタ(?)ですが、来年こそは降ってこなかったらどうしようと今から戦々恐々なぶぅでした(笑) |