オーブンを開けて、焼き色をチェック。
こんがりと食欲をそそる色と、漂う甘い香り。
久しぶりだけど、腕は鈍ってないみたい。ほっとする。

お菓子作りなんて、およそ想定されてない基地の食堂。
道具だってそろってないから、いろいろ代用品でまかなって。
それでもなんとか。それなりの出来だと思う。

できたばかりのケーキを切り分けると。
私はトレイを手に、食堂を後にした。




unforgettable〜オメデトウ〜




疲れたときには甘いものがほしくなるとは、よく言ったもので。
なんだか無性に食べたくなった。

でも、待機中とはいえ、勝手に外出するわけにもいかないから。
食堂のキッチンを借りて、有り合わせの材料で自作してみた。
ドライフルーツと胡桃の、シンプルなパウンドケーキ。

もともと、意外だって言われるけど、料理は嫌いじゃない。
それ自体も、気分転換になってよかったと思う。

ここ数ヶ月、いろんなことが起こりすぎて。
気が休まることなんて、なかったから。

とはいえ。自分で作って自分で食べるのも、なんとなく味気ないから。
トレイには二人分のお皿とフォーク。セットしてきた。

基本的に、男所帯。この手の欲求に付き合ってくれそうなのは、ローラぐらい。
きょろきょろと、その姿を探す。



心当たりの場所、待機室の前、立ち止まる。

基地に来たばかりの頃は、自室に引きこもりがちだったけど。
最近では、みんなの輪の中にいることが多くなっていた。
子どもらしい、笑顔も増えた。雅人のおかげ、かもしれない。

「ローラ、いる?」

部屋を覗きこみながら、呼びかけたけど。
そこにいたのは探してた相手ではなくて。

「ローラなら、雅人とベッキーの散歩行ったぜ」

ソファの上。黒い、癖のある髪、かきあげて。
視線を、ちらりと上げたのは、忍だった。

その手にはペンとバインダー。作業中、だったらしい。
再び真剣な眼差し、落としたと思ったら。

「あ〜…ちょっと休憩!」

ぽい、とペンを手放した。

「ごめん、邪魔した?」
「いや、根つめてもしょうがねぇしな」
「何、書いてたの?」
「あぁ。イーグルの戦闘データまとめてた」

忍の手が、バインダーに挟まれたレポート用紙をぺらぺらとめくる。
何枚にもわたって書かれた数式やグラフ。

もちろん、士官学校で習ってるから。私にだって解読はできるけど。
正直、あんまり得意分野ではなかった。

逆に忍は、こういう実践に関わる科目には抜群に強かったし。努力を、惜しまない。
素直に、すごいと思う。

立ち上がり、ううん、と伸びをする忍と。
トレイの上、行き場のなくなった、二人分並んだケーキ。見比べて。
ふいに思い立つ。

「これ、焼いてみたんだけど…食べ、る…?」
「え…?」

私の申し出に、ひょい、とトレイを覗き込んで。
きょとんと目を丸くした忍は。

「ローラと食べようと思ったんだけど、いないみたいだし。休憩するなら、コーヒー淹れるし…」

ぱちぱちとまばたき。そして。

「…ラッキー」

にこ、と笑みをこぼした。



香ばしいコーヒーの香りが部屋中に広がる。

苦いのは得意じゃないけど、甘いケーキと一緒のときは、砂糖もミルクも控えめ。
忍は。いつも何も入れないブラック。

二人分のカップを持って、ソファに腰掛ける。

「さんきゅ。これ、うまいな」
「もう、コーヒー入るまでぐらい待ちなさいよ…」

すでに二切れあったうちの半分は平らげて。
満足げな表情の忍に、思わず呆れて呟く。
そりゃ、おいしいって食べてくれるのは嬉しいけど。

「っていうか、あんたそんなに甘いもの好きだったっけ?」

ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
自分から勧めておいて何だけど。あんまりこういうものを好んで食べるイメージはない。

忍は、首を傾げながら。

「ん〜…そういうわけじゃねぇけどさ。頭使うとほしくなるんだよな」

ぐび、と一口コーヒーをあおる。それから。

「それに…」

に、と微笑みと一緒に。

「誰だって、誕生日にケーキ食えたら嬉しいだろ」

衝撃的な一言、言い放った。

「っ、えぇ?!うそ、今日?!」

さすがに想定していなかった答え。
うろたえるしかない。

士官学校時代から、付き合いは、年数にしてみれば結構長いけど。
誕生日なんて、知る機会もなかったし。正直興味もなかった。

こういう形で知ることになるなんて、思ってもみなかったから。
ただ、言葉に詰まる。

でも。
明日をも知れない戦いの中、無事に迎えられたその日は。
もしかしたらいつも以上に、特別だと思うから。

「…おめでと」

そんな言葉、ぼそりと呟く。

「おぅ」

忍は、はにかんだ笑みを浮かべた。



二切れ目のケーキをつつきながら、ふいに忍が口を開いた。

「…ってことは、俺も聞いていいってことだよな?」
「え…?」
「お前の誕生日」

いきなりの質問に、私は思わず口をつぐむ。

「っ、なんで、そんなこと」
「こっちだけ知らないってのは、フェアじゃねぇだろ?」
「…わけわかんないんだけど」

正直、今となってはその日のこと、あまり考えたくはない。
去年はどんな風に過ごしたか、とか。思い出したくないこと。思い出してしまうから。

「いいだろ、別に減るもんじゃないし」

それでも、なおも食い下がってくる忍に、しぶしぶ答えを返す。

「…7月の…7日、」
「へぇ…ずいぶんロマンチックな日に生まれたんだな」
「…ほっといてよ」

知らず知らず、握り締めた手が震える。

確かに、恋人たちが年に1度の逢瀬を許される日、なんて言われてる。
でも、私はもう。1年前のようには、あの人に、会えないのに。

「今年は…俺が祝ってやるよ」
「…?」

私の思考、汲みとったかのように。切り出す声。
顔を上げると、ふい、と目を逸らす。

「お返し、しねぇと…な」

照れてるみたいに、ぽりぽりと頭を掻いて。

腫れ物に触るみたいに、扱われたくはない。
でも、思い切り不器用に。それでも気遣ってくれる優しさ。
これまでだって何度も救われてきた。

それは私が、逃げ出さずにここにいられる理由。

「べ、別に…そういうつもりで作ったわけじゃないし…」
「けど、もらっちまったしな…それに、来年も食いたいし」

子どもみたいに無邪気な笑顔を見せる忍に、思わず目を奪われても。
素直な言葉なんて、到底返せない。でも。

「来年には忘れちゃってると思うけど」
「んだよ、ケチ…」

言葉とは、裏腹に。今日という日は。

最後の一口、頬張って。
幸せそうに微笑む表情と一緒に。

忘れられない1日になった。



2011.6.8


2011年忍くんお誕生日SSでしたー(忍くん、おめでとう!!)

TVシリーズで忍くんがお誕生日を迎えたとしたら、
戦いが始まって2ヵ月後ぐらい…ですよね。
(確かムゲが来たのって4月だった気がする…2話ぐらいで言ってませんでしたっけ?←うろ覚えかよ!)
というわけで、超初期の二人です。

二人の誕生日を知るきっかけ、こんなだったかもしれない、
を妄想して書いてみました(笑)
沙羅ちゃんは、まだまだシャピロのことを忘れられないけど、
ちょっとずつ仲間としての忍くんの優しさに気づき始めた感じでしょうか。

なんだかしのさら要素が薄いんですが…後半(沙羅ちゃんBD)に乞うご期待、ということでv(?)