街中の、オフィスから。いくつかの駅。基本、住宅街。むしろ頭に、高級がつく。憧れの、駅名。
   …といって、俺が。憧れている…わけじゃない。リンダに、話したら。そうらしいと、教えてくれた。 
   きょろきょろ、辺りを見回す。コンコース。…普通だと思う。確かに…きれいではある、気もする。

   でも。東京なんか…首都に、そのいい草はどうかとも…どこでも、同じだと。どこか、醒めた俺。

   もう何度か、来てる駅。でも自分の、最寄り駅じゃない。若干感じるのは、疎外感。そして、緊張感。
   俺たちも降りた、電車から。一緒に降りた、何人か。さすがに、住人だからか。迷いなく、歩く。

   いくつかある、出口。久しぶりに来たからか、一瞬迷う。見抜かれたように、小さな声。俺に教える。

   「…7番だよ」
   「あー…そうだったな」
   「忘れちゃったの?大丈夫?」

   …少し先を歩く、赤い髪。沙羅。ちらりと、俺の方を、振り返る仕草。まばゆく淡く。光を集める。

   春先の夜。今日は、かすかに肌寒い。薄手のコートと、ブーツ。最近は、冬物だけじゃない、らしい。
   前身ごろは、きっちり閉めて。のぞくスカートは、短め。むしろ、脚が長いのか。まっすぐ伸びて。
   長い髪。今日は、デスクワークだった…と、聞いた。すっきりとまとめれば、白い耳。小さなピアス。
 
   …前や後ろを、何人か。歩いている。同じく、会社帰りらしい、OL。背景化して。一気にかすむ。

   髪の色は、確かに目立つ。昔からの、トレードマークだから、変えられない。落ち着いた、赤色。
   それ以外は、職業にしては、地味な姿。でも、“素材”がいいから。人の目を、惹きつける。俺のも。

   乗って来た電車。その中で…何人の野郎を、にらみ返したか。数えるには、若干。指が足りない。

   「…」
   「忍?…ほんとに、大丈夫?」
   「…あ?あぁ、…たぶんな、」

   ぱちぱちと、瞬き。機能停止した、俺を。心配したらしい。歩む足が止まる。追いつく格好になる。
   薄い花の色の、くちびる。大きな目が、見上げる。長いまつげ。のぞき込む青に、引き込まれる。

   ずっと…ふたりとも、忙しくて。久しぶりに会った。というか…強引に。送ってく約束。取り付けた。
   会社の前に、迎えに行って。軽く、食事をして。その足で、電車に乗った。かなりの、健全コース。
   ただ。急げば間に合った、快速。どっちも、走らなかったから。ゆっくり旅は、各駅停車の夜景つき。

   「ならいいけど、…」

   改札の前で、立ち止まれば。いくら何でも迷惑。促せば。小さく、首をかしげる。愛らしい仕草。
   ちら、と。壁の時計。確認する。飲食店は、そろそろ閉まる頃。先に済ませて、正解だった、と思う。

   …最近は便利で。携帯をかざせば、改札は通過出来る。もう、手に持って。準備万端の、その体勢。
   同じように、支払いは携帯で。とはいえ。尻ポケットの中。もそもそと、取り出して。後に続く。
   ぴ、と。軽快な電子音。開いたままのゲート。7番出口。目の前の、ロータリーに。タクシーの列。

   「じゃあ、…道案内してくれよ、」
   「うん」

   夜風が吹けば、甘い匂い。揺れる髪は、続くテールランプと、同じ色。やわらかな手を、握った。


   
            おうちへかえろう。【Whole World Happy】



   割に、にぎやかな駅前。でも、ごみごみとは、していない。清潔で、しゃれた店構え。軒を連ねる。

   …深夜までやってる、スーパー。ロゴだけ、沙羅の家で。紙袋か何かで、見かけた記憶は、ある。
   食材の、バリエーションが豊富で。それなりの値段、らしい。…もちろん、俺の最寄り駅には、ない。
   その隣は、持ち帰りの惣菜屋…デリ、というべきか…と。ネイルサロン。かわいらしい、外観で。

   住む人間に、合わせてるのか。それとも、それを目がけて、移住するのか。ただ。俺には不釣合い。

   「買い物とか、よかったのか?」

   とりあえずは、聞いてみる。…俺の帰る時間に、気を遣って。後から、また。買いに、出てそうだし。
   赤い髪は…真横、というよりは、少し後ろ。慌てて。心もち歩幅を、狭くする。勧誘は、軽い調子。

   「今ならもれなく、荷物持ちが着いて来るぞ?」
   「…うん、今日は大丈夫…、明日もあんまり早くないと思うし…」
   「そっか…って、お前なぁ」

   こともなげな、その言葉。その意味を、よくかみしめれば。どうやら明日もまた。遅い帰り、らしい。

   どうやら、時期的に。忙しい…というものでは、ないらしい。小さな会社は、まだ、少数精鋭で。
   そして、基本…ひと任せは、あまり好きじゃない。責任感の強さは、うんと昔…学生時代から、の。
   ただ、心配になるのは。そのうちに、倒れてしまわないか、ということ。無理をしてないか…と。

   「みんな、あたしよりもっと遅い時もあるよ?…」
   「そういうことじゃねぇだろ」

   失言した、と。思ったらしい。フォローの言葉。でもやっぱり、自分の性格には。無自覚、らしい。

   「…」

   性格、というか。状況、というか。全て、ひっくるめて。心配で仕方ないとか。いえるわけが、ない。

   風邪を引きやすくて。誰よりも細身の。それでも、やわらかな身体。…当然俺より、うんと小さい。
   男女だから、当然。体力差がある。でも、助けてはやれない。門外漢。むしろ、邪魔だと思う。

   …そして、俺自身も。忙しさに、紛れれば。連絡も、途絶えがちになる。職業柄、出張も多くて。

   ぎゅう、と。握った手。無言で引っ張る。何もしてやれない。なのに、何かいおうとする、俺。
   一旦、ゆるめた歩調。そのまま、すたすたと。また速く。沙羅のペースを、無視して。歩き出す。
   …明日も、遅くなる…とか、知っていたら。無理強いはしなかった。ちゃんと、配慮した…はずで。
 
   もしかしたら。今日、早く…世間では、遅い時間だけど…帰ったことで。明日の予定が、増えたとか。

   「忍、…痛いし、苦しいよ」
   「あ…悪ぃ」

   すたすた、というよりも。ずんずん、というペース。たまりかねたらしい。かすかな、抗議の声。
   下がる眉と、潤む瞳。強く握りすぎた、手。やわらかさを、通過して。下の骨の、細い感触。

   …振り返って、謝罪して。戻す、視線の先に。見慣れた色の看板。…外資系の、コーヒースタンド。

   待ち合わせの時とか、便利で。沙羅のオフィスの、最寄り駅の中にも、入ってる。たまに使う。
   目を見れば、見返す視線。たぶん…雰囲気を、変えるには。一旦、何か。“間に挟んだ”方がいい。
   そう短くもない、付き合い。お互いに、考えてること。多少は、わかるようには、なって来て。

   「入ろうか?」
   「あぁ…、っと」

   小首を、かしげる仕草と、笑顔。追い抜いて行った、サラリーマンが。見とれてる。睨みつけてから。

   …短い返事で、ことは足りる。今度は優しく。そう念じつつ、木の扉を開ける。煎った豆の、芳香。
   それほど、奥行きは広くはない。そこそこ埋まった、席。最近は、こういう店も。基本は分煙で。

   並んだ列が、滞りなく進む。俺たちの番。店員は、学生のバイト風。お決まりの台詞で、出迎える。

   「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりですか?」
   「…」

   どっちも、財布を、出そうとして。レジの方を向いてた、赤い髪。ちらり、と。こっちを、振り向く。
   …どうやら、おごってくれる、らしい。もめるのも、何だから。とりあえず、まかせることにする。
   喫煙スペースは、満員御礼。…そもそも、いっしょの時には。あまり座らない。俺も、煙たいし。

   ただ…ふと感じる、口さびしさ。電車内も、当然禁煙。苛立ちはそのせい…ということに、しておく。

   フィールドコートの、内ポケット。いつもの、タバコの定位置。ちらり、と見せる。意思表示。
   小さくうなずく。沙羅。通じたらしい。ごそごそと。手の中、財布と入れ替えて。列から離脱する。

   何を頼むか、とか。聞かれなくても、もう。よく知ってる。逆の立場でも、たぶん。同じことで。

   「持って帰ります」
   「お持ち帰りで…では、ご注文」

   きぃ、と。また木の扉を、開ける。軋んだ音。油を注してない感じの。壁際に、灰皿。寄りかかる。
   首を横に向ける。視界の端に、レジが入るように。何かあったら、すぐに。走って行ける、位置。
   メニューを指差す。細い指。談笑すれば、赤い髪が揺れる。少し脇に、ずれる。受け取りを待って。

   くわえた煙草。かちり、と。ライターの火。立ち昇る。場つなぎの、白。ゆっくり、空へ消える。
   しばらく、忠犬のように。じっと待つ。両手に、持ち帰り用のカップ。慎重に、運ぶ。真剣な表情。

   そして、うっとりしたような、視線が多数。沙羅の後ろ姿を、追う。…男連れでも、関係ないらしい。

   「ごめんね、お待たせ」
   「…いや、…ちょうど吸えたし」
   「少し薄めにしてもらったよ」

   ふさがってる両手。扉を開けながら。威嚇の目線は、店内をぐるりと。姿も見えないように、隠す。
   手の中の煙草。沙羅に、煙がかからない方へ。ふ、と吐き出して。長いまま、灰皿で。もみ消す。

   …渡されるのが、おそらく俺の。種類は、簡潔に略称で、表す。BはブラックのB。わかりやすい。

   砂糖も、ミルクも入れない。それは、昔…輸送機の時代…からの、俺の好み。沙羅も知っている。
   ただ。気遣いは、胃への負担を、考えて。それくらいでは、参るほど。繊細でも、ないけれど。
   それでも、教務部で入れる、インスタントよりは。あきらかに、いい香り。きちんと、煎った匂い。

   もしかしたら、今日は。やっぱり忙しかった…のかも、知れない。…それすら“飲んだ”記憶がない。

   ふたは取らなくても、そのまま飲める。お行儀悪く、まずは立ったまま。ぐい、と。熱さを味わう。
   どうやら、喉は渇いていた、らしい。するりと通過する。まろやかな苦味。…落ち着きを、取り戻す。

   そんな、俺の様子を。じっと見ていた、沙羅。自分の分は、まだ手付かずのまま。実は、猫舌で。

   「おいしい?」
   「まぁ、…いつもがインスタントだしな、うまい」
   「比較する方が失礼じゃないかなぁ…」

   …基本的には、チェーン店。味は、どこの店でも、そう大差はない。それでも。美味だと感じるのは。

   そういいつつも。俺の変化は、敏感に察知する。穏やかな笑顔。さらり、と。夜風に、髪が揺れる。
   もたれていた、壁から。身を離す。無言の、出発の合図。店の前の段差を、ひとまたぎで越える。
   …沙羅の家までは。ここからは、まだ少しある。ゆっくり飲みつつ、歩くには。ちょうどいい距離。

   こつこつ、と。ブーツの足音まで、美しく。熱い飲み物を、持ってるから。慎重に、降りて来る。

   きらびやかな光を、背景に。歩き始める。歩道は、レンガ敷き。車道を隔てて、公園。散歩道らしい。
   灯りは、それなりに…数はある。でも、静かな…若干、人通りが少ない。…気になって、確認する。

   「いつもここ通るのか?」
   「うぅん、…、あんまり…ちょっと怖いし…遠回りしたり、送ってもらってる、よ」
   「そっか」

   一応、身を守ろうという、自覚はあるらしい。模範的な、回答。安堵のため息は、コーヒーの香り。
   どうやら、今日は。俺がついているから。道案内を兼ねて。最短の距離を、行っているらしい。
   暗い夜道に。…沙羅みたいなのが、歩いてたら。ヨコシマな、野郎には。尾頭付きにも、等しい。

   見るだけならば、まだ。不快だけど、仕方がない。ただ…手を、出したりしたら。妄想は渦を巻く。
   …腕っぷしは、立たないわけじゃない。3人くらいなら、軽く倒すだろう。…でも。それでも。

   「…」

   どうやら、俺は。見た目よりずっと、心配性…らしい。ただし、沙羅に関して“だけ”。自覚する。

   く、と。残り少なな、コーヒー。喉に流し込む。元からそれほど、大きいサイズじゃ、なかった。
   ことこと、足音。少し後ろからの、それを。確かめる。ぴたりと止まって。小さな声の、依頼。

   「ちょっと待って、…ごめん」

   何事か、と。振り返る。…どうやら、沙羅にとっての“適温”に、達したらしい。こくり、と飲む。
   量もまだ、たっぷりあるのと。歩きながら飲むのは、苦手。…確か、聞いた覚えは。なくはない。
   一緒に立ち止まった、俺に気付いて。ちょこちょこと、早足で。一生懸命、寄って来る。愛らしい姿。

   カップから、ふんわりと。アーモンドの香り。基本的には、コーヒーは。甘くないと、飲めない。

   「また甘いの飲んでるのか?」
   「…何でわかるの?」
   「泡つけてりゃ誰でもわかるだろ」

   ちょうど、街灯の下。かすかな泡の存在。顔を近づけて。…指摘は、にやり、と。笑いつつの。
   口元を押さえる。若干赤くなる。恥じらう表情は。ぽわん、と。俺まで温める。拭う指。整えた爪。

   「…待ってるから、好きなだけ飲めよ」
   「もういいよ、…元から持って帰るつもりだったし、…」
   「飲みながら仕事とか?」
   「今日はしないよ」

   …今日は、という…微妙ないい回し。突っ込もうかと思う。でもやめる。別れ際に、もめるのも。

   「…ちゃんと、寝るから…心配しないで」
   「ほんとかどうか、監視しに行くぞ?」
   「忍も明日、仕事でしょ…寝ないと、ダメ」

   そんな、俺の不安を。察知する。真剣な表情。確かに、明日は仕事。シフト勤務。休みは、かなり先。
   心配は同じ。その生活が。お互いに、直で見える、わけじゃない。言葉に詰まるのは、図星だから。

   首をかしげる仕草。かかとが高い、ブーツ。いつもより、距離が近い。大きな目。まっすぐな青。

   「…ちゃんと寝てるのかなとかって思うのは、…あたしもいっしょ、だよ」
   「見えるわけじゃねぇからな…」
   「うん、…」
 
   …寂しそうな、横顔。目を反らす。それは、何かに耐える時の、ささいなくせ。…うんと昔からの。

   そう。今は…帰る家も、別々。時々は、行き来するけど。お互い、自分のことで、精一杯の日々。
   支えるにはまだ、力不足で。もちろん…手伝っては、やれない。沙羅もまた、今は。退役している。
   元から、ひとりずつの。でも…いつかは。同じ家に帰って。それぞれの、羽根を休められたら。

   ふわ、と。夜風が吹く。湿った感触。どうやら、明日は雨らしい。…事務仕事が、はかどりそうな。

   「でも、…忍の気持ちは、ありがたいと思うよ」
   「…まぁ、お互い様ってとこだな」

   無理をする沙羅を、俺がいさめて。無茶する俺を、沙羅が気遣う。それはいつもの、ふたりの“形”。

   離れた場所で、心配し合うなら。同じ家なら、効率がいい。うまい表現は、出来ないけど。そう思う。  
   …ただ…今、してやれるのは。無事に、送り届けて。その後は、紳士的に解散する。それくらい。
   お互いまっすぐ、前を見たまま。…一向に、別れる気配は、ない。一緒にいたい。でも、今は。

   「じゃあ、…帰るぞ」

   別々の家に。…いつかは、同じ家に。あまり遠くない将来に。俺はきっと、がまん出来なくなる。

   同じく家に帰る、群れ。立ち止まったままの、俺たちを。抜いて行く。見ぬフリは、おとなの礼儀。
   でも。伸べた手を、なかなか、取ってくれない。若干、焦らしプレイ状態に。たまらず突っ込む。

   「って、おい」
   「でも…無理だよ?」

   …片手には、コーヒー。もう片方には、持ってるかばん。物理的に不可能。きょとんと。見上げる。
   スカートから、まっすぐ伸びた、長い脚。きちんと、気をつけの姿勢。そのまま、歩き出そうとする。
   男に、かばんを持たせる。という、発想自体。出ないらしい。鈍くも愛らしい、表情。ダメ押しの。

   「そこを何とか、手つなぎたいんですけど?」
   「…え、と…うん、…はい、」

   敬語なんか、めったに使わない。会った時から、タメ口で。染まる頬。手にしたかばん。半強奪。

   空のカップと、沙羅の荷物。造作なく持って。空いた、ふたつの手。しっかり握る。離さないように。
   歩幅は、小さめに。ゆっくりゆっくり。距離は、そう遠くない。少しでも、長く…と。姑息な抵抗。

   こつこつ、と。規則的な足音。同じリズムで、ぺたぺた、と。スニーカーは、足音がしない。並んで。
   …星も見えない、都会の空。特に、明日は。天気は下り坂。低く、垂れ込めた雲。光を反射する。
   気休め程度の、公園の緑。よどんだ空気。仕事も、うまくいかない時も多い。思うように、会えない。

   それでも、ここで生きて行くと、決めたのは。…たぶん、沙羅がいるから。待っていてくれるから。

   真横に並ぶと、見づらいけど。視界の端。揺れる、赤い髪。くちびるは、開いた花の色。長いまつげ。
   目が合えば。やわらかで、恥ずかしげな笑顔。…俺の世界を、幸せにする。たったひとつの存在。

   歩みは、止めないけど。笑い返そうとして。ふと、真剣味を帯びる。大きな目。一瞬、身構えれば。

   「…」
   「そういえば、…忍、ひとりで駅まで帰れるの?送ろうか?」
   「…お前なぁ…」

   これじゃ、どっちがどっちを送って来たのか、わからない。がっくり来る。ため息ものの、その発言。
   でも。それすら…かわいい、と。思ってしまう。…幸せすぎて、俺も。またどこか、おかしいのか。
   …それほど、距離はないとか。目印は、覚えては来たとか。何なら、タクシーでとか。色々あるけど。

   沙羅のマンションが、見えて来る。手前は、少しだけ坂。ロータリー。入口はまだ、煌々と明るい。

   エレベーターは、地階から。すぐに登って来る。…残念だとか、思ってるのは。当然オフレコで。
   最上階は、軒数も少ない。静かな廊下。誰かいそうで、いなくて。やっぱり、出て来そうな雰囲気。

   ちょいちょい、と。真っ白いあごの辺り。かばんとカップを、持った手で。無言のままで、示唆。

   「…え、まだついてるの…?」
 
   …同じく、カップを持った、手。細い指の、拭う動き。気にしたように。…そりゃ、気にするだろう。

   その隙を突いて。握った方の手を、引き寄せる。灯りの真下。瞬く、大きな目。星が映ったような。
   短い付き合いじゃ、ない。意図はすぐわかる。…暴れようにも、力の差は大きい。荷物もあるし。
   ちゅ、と。くちづけは、一瞬。あっさりと引く。残り香は甘い味。くちびるは、それ以上の、美味。

   あっけに取られて。点になった目。にやりと、笑いながら。意図を伝える。かばんを、引き渡す。

   「お仕置き」
   「…口でいえばいいでしょ?!」
   「面倒いから…ほら、入れよ」

   後は、無事に。家に入る姿。見届ければ、一応は、任務完了。…土産ももう十分、堪能した、とか。
   髪と同じく、真っ赤になった頬。もどかしく鍵を開ける。べぇ、と。舌を出す仕草。扉の影に消える。

   …それは、次に会える日までの。俺の、燃料。にやり、と。笑い返して。廊下をまた、戻り始めた。


   《終》



NAKAの隠し部屋・乙女堂本舗【Reboot】NAKAさまよりいただいたSSを公開させていただきましたーv
実は私めの結婚祝いにいただいていたのですが、約1年に渡って独り占めしていたお宝SSでございます!

ホントはもっとずっと一緒にいたい。離れたくないけど、今はまだその気持ちを殺して別れる二人。
切なく甘酸っぱく、それでいてあったかい、ステキなお話でしたvv
忍くんの心配性っぷり、沙羅ちゃんの天然なところ、NAKAさまの書かれる二人の魅力が満載で、
こんな素晴らしいお祝いをいただけるぶぅは幸せものだなぁ、と、改めて思った次第であります。

NAKAさま、改めてステキなお話、そしてここ半月、書くことができなくなっていた私に、
励ましと公開OKの優しいお言葉を、本当にありがとうございました。

2011.3.28