ぽつり。

鼻の頭に、落ちる水滴。

見上げる空から一粒。また一粒。

予報どおりに降り出した雨。
ため息混じりに、持ってきた傘を開く。

「やっぱり降り出したな、雨」

傘越しに聞こえた声に振り向くと、立っている待ち人は。

「悪ぃ。入れてくれよ」

『やっぱり』
そう言ったくせに、なぜか手ぶらで。

その黒髪には、雨のしずくを滴らせていた――――――




6月8日〜Thank You For…〜




入れてあげた、と言っても。

結果的には背の高い忍が傘を持つことになるわけで、
私は持ち主にも関わらず、小さく身を寄せることになる。

「天気予報、見てたんでしょ?なんで持ってこないわけ?」
当然のことながら、口をついて出る疑問。

なのに当の忍はまったく悪びれず、
「だってお前、『全部任せて』って言ったろ?」

確かにそれは、数日前、私が言った言葉に違いなくて。
でも。

「まさか傘まで当てにされるとは思わなかったわよ…」
のっけから狂わされる調子に大きなため息が漏れるけど。

「ま、いいじゃねえか。相合傘ってのも」

嬉しそうな笑顔には勝てない。


6月8日。
憂鬱な雨の合間の平凡な日。

もうずいぶんと前に知った。
その日が、忍が生まれた日なんだと。

でも。

つい最近になって、その日は私にとっても特別な日になった。

そもそもその日がなければ、二人は出会えなかったわけだし、なんて。
…ありがちかもしれないけど。


だから今日は、
忍の喜ぶことをしてあげたくて。

普段は、
待ち合わせ場所や行き先は、ほとんど任せきりだけど。
今日だけは。
仕事の合間をぬってお店を調べたり、慣れないわりに、がんばったつもり。

迷いに迷って決めたプレゼントも、ちゃんとカバンに忍ばせて。


すべての起源であるこの日に、
私なりの感謝の気持ちを示したくて――――――



「ご飯、食べに行こっか。お店予約したから…」
「おっ、サンキュー」
ニコッと笑って返す忍に、

「ありがと、忍」
思いを伝えたら。

「え?」
びっくりして、ちょっと間の抜けた返事。

それもそうだろう。
普通なら、『おめでとう』とでも、言うべきところなんだから。

「バカね。わかんないの?」
わかるわけなんてないのに。わざと意地悪く、見上げる視線。

「わかんねぇ…」
眉を寄せて、頭を掻く仕草を
ちょっとかわいいな、なんて思いながら。

「じゃあ、教えてあげる」

ふくれっ面の耳元に、唇を寄せて1つ。



生まれてきてくれて、『ありがとう』――――




2008.6.8



2008年、忍くんお誕生日SS。
当時『Can I…』を並行して書いていたので、 時間がなくてかなりの突貫仕上げだった覚えが…;;