temptation




「…まだかかりそうか?」

あとは靴を履いたら終了。そんな俺とは対照的に。

「もう少し、あと5分で出れるから!」

言いながら、バタバタと目の前を横切る、その姿。

いつもとはちょっと雰囲気の違う、きれいめのカットソー。
それにあわせて選んだスカートが、ひらりと翻る。


別に高級レストランに行こうってんじゃない。
久々にみんなで飲もう。
気の置けない仲間からの、そんな誘いにのっただけのこと。

なのにそんなに気合を入れなくても。と、言うと、
こんなの、気合入れたうちに入らないわよ。なんて、反論された。

…男の俺から言わせりゃ、十分気合入ってるように見えるけど。


ソファに深く腰掛けて、くるくると動く姿を目で追う。

そりゃ、着飾った姿を見るのは嬉しい。でも。
いつも俺より先に始めるくせに、俺より遅くまでかかる準備。

…女って、大変だ。


「ちょっと…手伝ってもらっていい?」

声を掛けられて。
見ると、鏡に向かってネックレスをとめようとする後ろ姿。

ようやく準備も最終段階に入ったらしい。

「ああ。これな」

立ち上がって、後ろ手から留め金を引き継ぐ。

「…お願い」

呟きとともに、肩にかかる髪が取り払われると、
そこに現れたのは。


くらり。


眩暈を覚えるほどの、白い項。

「…」

思わず言葉を失くす。

長い髪が覆ってあまり外気に触れることがないからか、
陶器のように滑らかな、扇情的な、白。

「…やり方わかる?」
「ん、あぁ…」

心配そうな声にはっとして、手を動かす。けど。

もともとこういうのは得意じゃない。それもあるけど。
それよりも、集中できない、その理由は。

目の前の、誘惑。

ふ。と、手が止まって。


「…できた?…。きゃ…!」

振り向こうとした首筋に、たまらず顔をうずめた。


「…」


かしゃん、と音を立てて、ネックレスは床に落ちて。

鏡に映ったのは、心なしか頬を赤らめた沙羅と。
その項に噛み付く俺と。


「…誰が食べろなんて言ったのよ?」

非難めいた表情に、うまそうだったから、なんて冗談にならない冗談、
口が裂けても言えない。

その代わり、啄むみたいに唇を這わすと、

「ぁ、ちょ…」

反射的に逃げ出そうとする体を強く抱きしめて、

「なぁ…」

絞り出した声。
自分でも驚くぐらいに、とろりと響く。

「ちょっとぐらい、遅れて行っても…」

耳元に主張する、誘惑に負けた証は。


「絶対ダメ」


「…だよな」


わかってはいたけど、実にばっさりと。
沙羅の一言に断ち切られた。



トントンとブーツのかかとを鳴らして、俺の先を行く赤い髪。

ふわりと、振り返る。
その首元に光るネックレス。

結局あの後、俺が手伝わせてもらえなかったのは言うまでもなく…しかも、

「な、なんだよ」
「別に。ただ、誰かさんに噛み付かれないように気をつけなくちゃと思って」
「…」

返す言葉もないけど。


前を行く沙羅の、いたずらっぽい笑顔。

いつも以上にまぶしく見えるのは、
着飾ってるせいなんかじゃなくて。


誘惑の、余韻?


楽しみは後にとっとくか。


沙羅が聞いたら絶対殴られそうな言葉を、
心の中で、呟いた。



2009.9.20


実は1年近く前に書いたものなのですが、な〜んか出す勇気がなくお蔵入りしてましたw
でも、今月更新できそうにないのと、コレを出せるのは今日(旅行前日でテンション高い)しかない!と思い立って、思い切っちゃいました(笑)
そして、まさにやり逃げ状態で明日から旅に出ますw

皆さまもよい連休を!!