目を開いた、はずなのに。
そこは真っ暗で。

「ずいぶん早いお目覚めだな、沙羅」

すぐ上から降ってくる、皮肉たっぷりの台詞。

「…え…な、に…?」

状況が、飲み込めない。
確か今は、任務中で。確か、私たちは。

混乱する頭をなだめながら、必死に記憶を手繰り寄せた。




密室シンドローム




長官から言い渡されたのは、潜入作戦だった。
向かったのは、今はもう住む人もいない、名もない町。
敵の拠点となったこの場所を奪回するのが、今回の目的だった。

二手に分かれて町に潜入して、中心地で合流する。そういう作戦で。
私と忍、亮と雅人。それぞれ南北から町の中心を目指した。

あと少しで合流地点というところで。
そう。身を潜めていた建物が敵の攻撃を受けて崩れて…そこで、記憶は途切れている。

「…もしかして、閉じ込められた、ってこと…?」

あんまり考えたくない事態。恐る恐る口にする。

「当たりだな。ま、助かっただけマシだぜ。ケガ、なかったか?」
「ない、けど…。忍は…?」
「擦り傷程度。相変わらず悪運は強いみたいだな、俺たち」

忍は軽い調子で続ける。

「あいつらも、俺らがくたばったと思ったんだろ。あれ以来攻撃してくる気配もねぇし」

そういえば、耳を澄ましても。近くで銃声は聞こえない。
思った以上の数の敵に囲まれて、正直決して楽な状態ではなかったから。
それは、不幸中の幸いだったのかもしれないけど。

「冗談じゃないわよっ!!」

私は思わず体を起こした。と。

「きゃ…!」
「いてっ!!」

その勢いで衝突する、頭と頭。

「ったぁ…もぅ…」

額をさすりながら。
そういえば、さっきからすぐ耳元で聞こえる声と。
覆いかぶさるようにある気配。絡まる足。
よく見えないけど、多分。考えられないぐらい、近い距離。

「っ…ちょっと!!」

気づいて。反射的に、体を捩る。

「狭いんだからしょうがねぇだろ」

非難の理由、すぐに悟ったらしい。
諭すような声に。

「…わかったわよっ…」

しぶしぶながら、観念した。


改めて、辺りを見回してみても。
折り重なった瓦礫に阻まれて、外の光はほとんど届かない。
さっきより目が暗闇に慣れて、幾分視界が利くとはいえ。
下手に動いてまた崩れでもしたら、2度目の奇跡はないかもしれない。

そんなわけで私は。
忍の体の下、身動きもとれずにいる。

忍はというと。
さっきから、私の頭の上あたり。腕につけた通信機の調整に奮闘中で。

「あぁ、くそ…」

ピコピコと、電子音はごく弱々しく。
あまり期待できるような状態ではなさそうだけど。

「どう?使えそう?」

首だけを動かして、様子を窺う。

モニタから漏れる光が、ぼんやりと忍の顔を照らす。

きりりとした眼差し。
昔から。何かに没頭しているときはそう。少し細めた目。
よく勘違いされるけど、別に不機嫌なわけじゃない。
まさに、真剣そのものの、表情。

「…!」

我に返って、ふるふると頭を振る。

今私、見とれてた…?

そんなはずない。と、思う気持ちと。
裏腹に、心臓はとくとくと打ち始める。

「だめだ…完全にイカれちまってる…」

案の定、ため息交じりのそんな報告も。

「かろうじて電波は発してるから…亮か雅人が拾ってくれるのを待つしかねぇな」
「そう…」

どこか上の空。それぐらい、その事実は私を戸惑わせる。

と、忍が体勢を入れ替えた拍子。
その手が、髪を掠めた。

「っ…!」

びくりと、体が固くなる。

「…どうかしたか?」
「ううん、なんでも…」

不思議そうに尋ねる忍に、とりあえず平静を装って返す。けど。

どうしてこんなことになっているのか、自分でもわからない。
ただ、おかしいぐらいに跳ねる鼓動。制御できない。

モニタが消えて、再び真っ暗になって。ひとまずほっとしたけど。
視界の代わりに、今度は感覚が敏感になって。
自分と違う匂いとか。体温とか。
これまで気にしたこともなかったのに。きゅう、と胸が締め付けられる。

深く息を吐いて、おかしなことになりかけている気持ちを必死に立て直す。

きっと、この狭い空間。二人閉じ込められて。
生きるか死ぬかの普通じゃない事態に、混乱してるだけ。
ただ、それだけなんだと。自分に言い聞かせる。

そうじゃなければ、私が忍に…。
そんなこと、あるわけない。あるわけ…ないから。

と、その時。

瓦礫の外で。響く轟音と、地響き。
続いて、ぱらぱらとコンクリートの破片が降ってくる。

「…また崩れるかもしれねぇな…」

そんな呟きのあと。

「頭引っ込めてろ」
「ちょっ、やだっ!放してっ!!」

非難の言葉ごと両腕に抱きこまれる。

忍の腕の中。痛いぐらいに暴れる鼓動。
恐怖感か。それとも、やっぱり…。

「…っ…!!」

再び襲う、一際大きな衝撃。
ぎゅうっと目をつぶった。けど。

「あ、れ…?」

次の瞬間、頬を掠めたのは、ふわりと柔らかな風。

おそるおそる開いた目に飛び込んできたのは、日の入り寸前の空と。
夕陽に照らし出される、見覚えのあるフォルム。そして。

「いたー!!亮、こっちこっち!!」

キャノピーを跳ね上げて、ひょこっと顔を出したのは、人懐っこい笑顔。

「人に散々探させておいて、何をやってるんだお前たちは」

呼ばれてコクピットから降りてくる、冗談半分の口調。

「雅人、亮…」

一気に体の力が抜ける。

「お前らなぁ…遅っせぇ上に、もうちょっとマシな助け方できねぇのかよ?!さっきので死ぬかと…」
「…雅人、もう一回埋めていいぞ」
「オッケー!」
「こら、待て待て!!」

いつもどおりの、軽口の応酬。眺めながら。
少しずつ、平静に戻る思考。

「沙羅も無事だったか?」

かけられた言葉に、少し遅れて、こくりとうなずいた。


突然連絡を絶った私たちを探して、2人も、そして基地も奔走してくれたらしい。
だから戻るなり、報告もそこそこに。長官には、一通り怒鳴られて。

「あ〜あ、とんだ災難だったぜ」

怒鳴られた上、余計な口答えをして平手打ちのおまけまでもらって。
忍は口を尖らせながらこぼした。

「…お前がいらんことを言うからだろう?」
「なにぃ〜?!」

いたって冷静な返事を返す亮。
睨みつけてる、その表情を。ちら、と盗み見る。
…今はもう、何も感じない。

やっぱりあれは。あのドキドキは。
ただの思い違い。そうに決まってる。どこか、ほっとする。

「まぁまぁ。とりあえず、作戦の成功と2人の無事を祝して、コーヒーでもどう?」

不穏な空気を察したように、雅人が切り出した。

「おっ、いいこと言うね〜雅人」

一転、ニッと笑顔になる。
そういえば、ずいぶん長いこと、何も口にしていない。
思い出す、喉の渇き。

「じゃ、私淹れるよ。心配かけちゃったし…」
「いいよいいよ。沙羅は休んで待ってて。たまには俺がやるからさ」

そんなやり取りを交わしながら、先を行く私と雅人の後ろ。
2人も機嫌よく追いかけてくるのかと思ったら。

「わっ、亮、てめぇ!なにしやがんだっ…」

突然、戸惑い気味の声。
振り向くと、じたじたと暴れる忍の首根っこを、亮の手が捕えていた。

「お前は先にあっちだ」

淡々と、示す先。私たちが向かう待機室とは逆。
あるのは今出てきたばかりの管制室と…医務室と。

「はぁ?!なんで…ってぇっ!!」

亮の手が肩に触れた途端、忍の口から悲痛な声が漏れた。

「いつまでやせ我慢してるつもりだ?」
「っ…」

亮の言葉に思わず口を噤んだ忍は、観念したようにため息をつく。

「てか、気づいてんなら手荒なマネするんじゃねぇっ」
「これ以上されたくなかったら、大人しく来るんだな」
「くっそぉ…覚えてろ…」

涙目、ぎりぎりと唇を噛んで。
忍はそのまま、亮に引きずられていった。


一瞬状況が飲み込めずに、呆然とする。

ケガ…?いつの間に…?
そんなこと、一言も言ってなかったのに…?

「…あ〜あ。忍のヤツ、かっこつけちゃって」

先に口を開いたのは、雅人だった。

「…?」

その発言の意味を量りかねて、思わずきょとん、と見つめる。

「崩れる建物から身を挺してお姫様を守る、なんてさ」
「え…あ…」

その途端、途切れていた記憶が蘇る。
あの時。崩落に巻き込まれた瞬間。私を庇って、忍は…

「っ…」

ふつふつと、沸いてくる感情。

擦り傷だけなんて、うそばっかり。

だまされた悔しさと。
気づけなかった情けなさと。
それからまた。さっきの締め付けられる感覚。

今度のドキドキは、言い訳が利かない。

「雅人、あのさ…」
「うん」

言葉を続ける前に。
すべて察したような笑顔。向けられて。

「違っ…一言言ってやらないと、気がすまないから…」
「うん、わかってるって」
「…」

ごたごたと混乱する思考、振り払うように駆け出す、背中越し。

「お手柔らかにねー!」

雅人のそんな声が聞こえた。




2012.4.23


長らくお待たせいたしました…って、長らくすぎて忘れ去られてしまっている可能性も大ですが(笑えない)なんとか復帰第一弾、upすることができました。

とはいえ、実はこれ、かれこれ1年以上前に書いて出しそびれていた蔵出し作品なんですけどね;;
新作は…ただいま精意製作中、です。(なぜ小声)

毎日が戦争すぎる…という言い訳は置いといて(置くのか)、またぼちぼちと書いていきたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!