「誕生日には、何がほしい?」

そう聞いた時、忍は答えを保留にした。
そして後日かけてきた電話でこう言った。

「その日は、仕事終わったらうちに来てくれねぇか」
「え?」

一瞬戸惑って、私はもう一度聞きなおした。

「…それで、ほしいものは決まったの?」
「あぁ。だからとりあえず来てくれよ」

答えになっているのかなっていないのか。
よくわからないまま、その日の電話は切れた。




Specially for you




何度か来たことはあったけど、何度来ても、殺風景な場所だと思う。
雰囲気よりも立地、それもロケーションではなく利便性が重視。
でもそういう無骨さが、あいつらしいとは思う。

6月8日。忍の誕生日。
言われたとおり、私は仕事を終えて、忍のマンションまで来ていた。

結局、あれから何度聞いても、返ってくる答えは、
『いいから来てくれって』

祝う側のはずなのに、逆にサプライズを仕掛けられているような、
変な感じで、当日を迎えたのだが。

「ま、てきとーに座ってくれよ」

私を部屋に招き入れると、忍はいつもと変わらない調子で言った。

つけっぱなしたテレビからは、サッカーの中継。
促されるままソファに腰掛け、ぼんやりと眺めていると、忍もすぐに隣に座った。

ようやく何か聞き出せると思ったのだが、
熱心にテレビに見入っている忍の口からは、私の疑問に応える言葉は一向に出てこない。

どういうつもりだろう…。
電話では、ほしいものが決まったって言ってたけど…。

「ねぇ、…」

痺れを切らした私が切り出した瞬間、

「今日、早かったな」

気づいてか気づかずなのか、絶妙のタイミングで、忍が口を開いた。

「えっ?あー…うん…」

仕方なく、言葉を飲み込んで相槌をうつ。

「たまたま、仕事が早く済んで…」

実際には、今日こうやってここに来るために、数日前から仕事を調整した。
だから、昨日までは目の回る忙しさだった。
忍にそれを言わないのは、気を遣わせたくないのと、あとは。
…柄でもないと思うから。
それなのに。

「なぁんだ、俺のために急いでくれたわけじゃねぇんだ」
「なっ…そんなわけないでしょっ!」
「だよなぁ」

間髪入れずに反応してしまったのは失敗だった、と思う。
どこか嬉しそうな声色。

と、目を逸らし気味の私に、忍はいきなりこんなことを言い出した。

「ところでさ…腹、減らねぇか?」


カラカラと、カートを押す音を横に聞きながら、歩くスーパーの中。
行きなれたお店じゃないから、効率的に買い物すらできない。
きょろきょろと見回す回数ばかり多くて、私は大きなため息をついた。

急に思い立って作れるものなんて限られてるし、
第一、最低限の道具しか揃っていない忍の部屋のキッチンで、
どこまでできるんだろうという不安もある。

普通の日なら、何か適当に…でいいのかもしれない。でも、今日は…。
それなのに。

「だから電話のときに言ってくれたらよかったのに…」

思わずこぼした愚痴に、忍の返事は。

「いいんだって、そんな気合入れなくても」

なんて、そっけないもの。

確かに、もう張り切るような歳でもないし。
これまでに何度も一緒に過ごしてきたんだし。
でも、仮にも1年に1度しか来ないこの日、なのに。

すると、明らかに不満そうな私の表情に気づいたのか、
忍が言った。

「…あ、別にこのために来てくれって言ったわけじゃねぇからさ」
「えっ?」

私はとっさに顔を上げる。
料理を作ってほしかった…ってわけじゃないってこと?

「じゃ…っ、」
「なぁ、それよりなに作ってくれるんだ?」

また、絶妙のタイミング。
これで2回目。偶然じゃ、ないんだろう。

「ハンバーグとか食いてぇな。肉、奥だった気がするぜ」

今度こそ、なんとか言葉の続きを言おうとしたが、
忍はさっさとカートを押して店の奥へ行ってしまった。

「…もう、わかったわよ」

忍の意図は読めないけど、どうやら私にはまだ言わないつもりらしい。

でも、祝う側としては、本人が喜んでくれることが一番だと思うから、
黙ってそのやたら嬉しそうな後ろ姿に着いて行くことにした。


リクエストのハンバーグに、サラダとスープ、という、
誕生日にしてはごくごく質素なメニューが食卓に並んだ。

忍がいきなり、手伝う、と言いだして形を作ったハンバーグも、
歪な形ながら、なんとか焼きあがってお皿に乗っかっている。

「お、けっこう上手く焼けてんじゃねぇか?俺が作ったの」
「それ、私の」
「…。ま、いいから食おうぜ」

よっぽどお腹が空いていたらしい、忍の食べっぷりを見ていると、
三度目の正直、もう一度聞いてみようという気持ちも薄れてくる。

きっとまた、はぐらかされるんだろうし。
何より、本当に嬉しそうにしてるから。


食事と後片付けを済ませると、忍が借りているという映画を一緒に見ることになった。

忍と映画の趣味が合うとは思えないが、付き合うことにしたものの。
案の定、のアクション映画。
別に嫌いというわけではないけど、忍ほど熱中もできずに、頬杖をつきながら今日一日のことを振り返る。

忍は、終始楽しそうだった。
だから誕生日としては、よかったのかもしれない。

ただ。
結局最後まで、忍のほしかったものは聞き出せなかった。

時計を見ると、あっという間に今日は残り数時間。
まだなにも、お祝いらしいことはできていないのに。

と、しばらく映画に見入っていた忍が、ぽつりとつぶやいた。

「なんかさ…いいよな、こういうの…」

その声に、我に返って慌てて画面に目をやる。
ぼんやりしているうちに、映画はクライマックスを迎えていた。
主人公とヒロインが見つめあって、いい雰囲気のシーン。

「え?」

忍がそんなシーンに反応するなんて思ってもみなかったから、
私は意外な感じがして聞き返した。
すると、

「映画のことじゃねぇよ」
「?」

すっと伸びてきた腕。
静かに、抱き寄せられる。

「お前と…こうしてること。買い物して、メシ食って、テレビ見て…普通に過ごしてること」

思わず忍のほうを見たら、ぶつかる視線。

「俺が『ほしかったもの』」

見つめられる。さながら、映画のヒロインのように。

何度も一緒に出かけたり、記念日を過ごしたことはあった。
でも、お互い仕事の合間を縫って会うことが多かったから。

買い物に出かけて、一緒に料理して、映画を見てくつろいで。

そんな、普通の1日。
それが、忍のほしかったもの。

わかったろ?そう言うみたいに、片目を閉じる。
一瞬は納得しかけたけど。はっとして、私は忍をにらみつけた。

「…私だけ何も知らなかったなんて、いまいち納得いかないんだけど」
「しょうがねぇだろ?言っちゃったら意味ねぇし」
「そりゃそうだけどさ…人の気も知らないで」
「悪かったよ。けど、俺はサイコーに幸せだったぜ」
「…っ、もう…」

そんなことを言われたら、言い返す言葉はない。

ふくれた頬に伸びる指は、目を閉じろ、の合図。
でも、視界を閉ざす直前、思い出す。
忍を、びっくりさせること。
私に唯一許された、計画的なサプライズ。

「そうだ、忍」
「ん?」
「明日は私の好きな映画に付き合ってよ」
「え、明日?」

一瞬目を白黒させた忍だったが、すぐにその意味に気づいたらしい。

「沙羅…お前っ…」
「大変だったんだからね」

忍が明日たまたま非番になっていることは、事前に調査済みだったから。
だからがんばって仕事を調整した。
今日、早く帰るためと。明日を、休みにするために。

「…やっぱりサイコーに幸せだ」

その言葉通りの、今日一番の笑顔。
抱きしめられて。

「沙羅…」

息遣いで呼ばれる名前。
とろりと蕩ける意識のまま、今度こそは、素直に目を閉じた。


気がついたときには。

月明かりが差し込む部屋の中。
取り残されたようについたままのテレビ。
映画はとっくに終わって、今は黒い画面が映し出されているだけ。

「ん…」

さすがに…ソファに大人2人はきつい。
背中から抱きすくめられたまま、固まった体勢。
立て直そうと、腕の中、くるりと向きを変えた拍子。

目に入る、無邪気な寝顔は。
プレゼントをもらって満足げに眠る、子どもの表情で。

思わず吹き出しそうになる。


今日の一日。
今この瞬間。

愛おしい時間。
こぼれるのは、幸せなため息。

頬を寄せると聞こえてくる、鼓動の音を子守唄に、
私は再び眠りに落ちた。




2010.6.8


2010年忍くんお誕生日SSでした。
そして、長らくお待たせいたしました、の更新再開ですv

今回ちょっと久しぶりに書いたらまとまらなくて大変なことに…なってしまいましたが、やっぱりしのさらと書くことがぶぅは大好きなんだと実感しました。
その気持ちが作品の出来にも反映するように…これからもがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。