窓の外、音も立てずに、降りしきる雪。
触れると溶けて消えてしまうほどに、儚い白。
冷やされた地面に少しずつ、落ちて。重なって。

「こりゃ、積もりそうだな…」

声を掛けられて、はっと我に返る。
近づく気配に、背中がほんのりと温かくなった。




snowbound




この辺りで、雪が積もることなんかめったにないから、
基本的に、備えは甘い。
まして雪国の出身というわけでもないから、認識不足は否定できない。

本降りになった雪が、世界を白く変えてしまう前に。

「帰る、ね…」

呟いた声は、できるだけ、
自然に聞こえるように。感情に、触れないように。
そうでないと、きっと…

「なんでだよ…?」

…やっぱり。
返ってきた答えは、了解ではなくて。

振り向いて、案の定釈然としない表情に、ため息を落とした。


ここのところ、お互いに忙しい日々が続いていた。

昨日、久しぶりに電話で声を聞いて、
今日、久しぶりに顔を見た。

明日になれば、またお互いに忙殺される毎日。
次はいつ話せるのか、いつ会えるのか、わからない。

始発で帰れば、始業時刻にはなんとか間に合うから。
ちょっとぐらいの無理は承知で、今夜はそばにいるつもり、だったのに。

この雪。

このまま降り続けば、明日の始発は確実に遅れるだろう。
そんな予測は簡単で。
そうなれば仕事に間に合わないから、今のうちに帰るしかないと。
こっちだって、苦渋の選択。

ただ、そんな正論を、正論として納得してくれる人かというと、
決してそうでは…

「電車、止まってんじゃねぇか?」
「さすがにまだ動いてるわよ。だから、止まる前に帰るって言ってるの」
「じゃ、駅まではどうやって行くんだ?まさかあんな頼りない靴で行く気か?」
「…だから、積もってくる前に帰るって言ってるんでしょ」

思ったとおりあれこれ言い出す忍に、

「そんなに心配なら、送ってくれたらいいじゃない?」

こっちも反撃とばかりに言い返す。

忍の故郷は、冬になると分厚い雪に覆われるのだと聞いたことがある。
だからこっちでは珍しい大雪でも、大して動じないのだ、とも。

「忍なら、雪道も慣れっこでしょ?」

言うと、

「雪国では、雪が降ったら運転しない」
「…うそばっか」
「うそだよ」
「もう…」

呆れるような押し問答。
その間も、順調に降り積もる雪。
見ると地面は、うっすらと覆われて。

「ふざけてないで、ホントに帰れなくなっちゃう」

強行突破とばかり、足を踏み出した瞬間。

「帰らなきゃいいだろ…」

そんな言葉とともに、進路を遮られる。
こっちも、強行姿勢。

切なげな瞳。
見つめられると、弱いから。
目は、そらしたままで。

「明日、仕事だってっ…!」

忍に、というより、自分に。言い聞かすためだった言葉。
言い終わる前に、曇った窓に追い詰められる。

「あっ…、…」

とん、と背中がぶつかった拍子。冷たさに、思わず上がる声。
同時に、唇に触れる唇。対照的に、熱い。

「っ…」
「沙羅…」

重なったままで、呟かれる名前。
ぞくぞくと、鳥肌は、
何が誘引なのか、もうわからないぐらい。

ただ、理性は、決意は。見事に熱に溶かされて。


静まり返った部屋。
ふと、肌寒さを感じて目を覚ます。

肌寒さの理由…自分のあられもない姿に気づいて、思わず毛布を引き寄せると。

「起きたのか…?」

背後から、声。
同時に、温かい腕が伸びてくる。
心地よい感覚に、再び目を閉じかけて…

「…あ、雪っ」

思い出す、現実。途端に頭が冴える。
慌てて腕から抜け出そうとする私に、寝起きの声色が呟く。

「降ってるよ」

あまりにも、きっぱりと言い切るから、

「なんでわかんのよ…」

少しの反感をこめて、返す。

でも。
ため息交じりに起き上がって、窓にかかるカーテンをめくって。

「…」

思わず、瞬きも忘れる。

当然のように、降り続いている雪は、
すっかり暗くなった外を、照らすほどに、積もって。

「な、帰れそうにないだろ?」

意地悪な言葉といっしょに、再び腕の中に引き込まれる。
温かな、感触。

「…誰のせいよ」
「雪のせいだろ」

口をつくため息は。それでも。
少しだけ、幸せの味。

天気には逆らえない、なんて。
言い訳だけど。


このまま雪に閉ざされて。
少しでもそばに、いられるのなら。




2010.2.21


書き始めた頃は寒気が来てたんですって!!(言い訳)

『snowbound』は『雪に閉ざされた』って意味らしいです。
単に冬らしいお話を書きたかったのですが、ふたを開けると、これしのさらあんまり関係ないやーん…
というわけで、ものっそい納得行ってない今月分更新なのでした(ゴメンナサイ;)