蒸し暑さに目覚める朝。
窓の外はきっと、確かめるまでもなく快晴。

じりじりと、蝉の声。
寝起きの耳を掠める。

「んん・・・」

日差しを避けるように、寝返りを打った先。
後ろ姿。長い髪。

途端、体に纏わる不快感は、幸福感に上書きされる。

でも。
手を伸ばせば、触れる柔らかな感触。さらさらと梳いて。
その隙間から覗く肩、目にした瞬間。

「?!」

俺の思考は一瞬停止した。




シルシ




思い起こす。昨夜のこと。
一体いつ、しくじったんだろう。

珍しく、二人とも休日前夜。
食事をして、軽く飲んで。そのまま、沙羅の部屋になだれこんだ。
 
確かに、酒も入ってたし。久しぶり…だったし。
歯止めがきかなくなる要素は十分。だけど。

沙羅の仕事が、いわゆる、人に『見られる』仕事だってこと。
俺だって重々承知してるし。
沙羅自身にも、再三言われてるから。
間違っても、つけたりしない…少なくとも、目に付くところには。
それなのに。

細く、白い肩に浮かぶ、くっきりと赤い痕。
はぁ、とため息が漏れる。

本当に、いつ、しくじったんだろう。
まったく身に覚えがないとか、質が悪すぎる。

確認するように、そっと、人差し指で触れる。と。

「んっ…」

ごそごそと、身動ぎ。
沙羅の手が、肩をさする。そして。

「あ…」

視線の端、捉えたらしい。その、赤い印。
がばりと体を起こす。

「っ、やられた…」
「おっ、俺じゃねぇ、ぞ?」

状況からすれば苦しい言い逃れ。思わず口をついて。
でも、返ってきたのは、意外な言葉だった。

「わかってるわよ」
「へ…?」
「これ、虫刺されだから」
「え…」

そう言われれば。
赤く色づいただけではない微かな腫れが、何よりの証拠。

そりゃ、覚えもないはずだ。
とりあえず、身の潔白が証明されて、ほっと胸を撫で下ろす。

それにしても。

「まったく…いつの間に入り込んだんだろ…」

恨めしそうに唇を尖らせる沙羅の肩。
もう一度、盗み見る。
くっきりと、赤は。やっぱり所有の『シルシ』に似て。
湧き上がるのは、あらぬ企み。

「薬、あったかな…、」

立ち上がろうとする沙羅の手を、ぐい、と引き止める。

「え…ちょっと何…っ、」

後ろからその体を抱きすくめて、キャミソールの肩紐、弄ぶように指を絡めれば。
あらわになる肩。滑らかな肌理。誘惑される気持ちも、わからないではない。けど。

人が必死でガマンしてるってのに、勝手につけやがって、とか。
まさかの嫉妬もあいまって。

柔らかな二の腕、少し汗ばむ首筋。
まるで急所に狙いを定める獣のように、唇を這わせる。そして。

「…やぁ…んっ…」

か細い声と、強ばる体。膝の間、捕らえたまま。
きつく、吸い上げるのは。妬ましい赤の、すぐ隣。

俺の行動の意味、気づいたらしい。じたじたと体を捩っても、すでに手遅れ。
解放される頃には、二つ目の、赤いシルシ。
花びらを、散らしたように。

「っ…信じらんないっ!」

涙目の抗議に。

「虫刺されなんだろ?夏だから、しょうがねぇよな」

あっけらかんと、返してみせて。

「ちゃんと虫除けしねぇと、明日までにもっと刺されちまうかもなぁ?」

からかい半分、わざと意味深な視線を送ると、沙羅は、かぁ、と頬を染める。
予想通りの反応、たまらない。

惚れた女を笑わせたい。幸せにしたい。でももしかしたらそれより、困らせたい。
それがホントの本性、だったりするのかもしれない。なんて。

思っていたら、次の瞬間。

無言の、反撃。
飛んできた枕は、俺の顔面に見事ヒットした。




2011.8.19



ベタな感じ&今回短めですみません、な夏SSでしたー。
きっとモデルさんには、虫は天敵なのです!

ちなみにぶぅは、毎日1つずつぐらいの勢いで刺され痕が増えてます(笑)
背中に3箇所(しかもナゼかキレイに横一直線w)刺された日には、泣きたくなりました;

ホントかどうかは知りませんが、一番刺されやすいと言われるО型が隣に寝てるのになぜー!!