無防備に、1人出歩いた私も、迂闊だったのかもしれない。

モデル仲間から聞いていた。
名前が売れ始めると、いろいろな条件をちらつかせて、近づいてくるヤツがいるってこと。
そしてそれなりの『対価』を払って、のし上がる人も。少なからずいるんだって。

目の前の、まさに、そんな状況。

「この世界で生き残りたかったら…わかっているだろう?」

意味深な笑みを浮かべるその男。
一発お見舞いして振り切るのは簡単だけど。
そんなことをすれば。大騒ぎになって、いろんな方面に迷惑がかかることは目に見えてる。

ただ、拒否の意志を堅く、睨みつけるしかない。

と。

「おい、なにやってんだよ」

聞き覚えのある声。
振り向くより先、腕を引かれて。

「言っとくけど、俺のほうが先約だからな。手ぇ出すんじゃねぇよ」

そんな、とんでもない台詞とともに。
私はあっという間に、その場から連れ去られていた。




セカンドキス




「もういいでしょっ、放してよ…!」

つながれたままの手を、ふりほどく。

とりあえず、再び見つからないように逃げ込んだ路地裏。

大通りに立ち並ぶ店の、ちょうど裏側。
人気もないそんな場所。足を止めて。

「なんだよ、怒ってんのか?」

釈然としない声、降ってきて。
ちらりと見上げた先、忍は。むっとして唇を尖らせた。

「しょうがねぇだろ?通りがかったらお前からまれてるし。ほっとけねぇよ」
「だからって、あんなこと…」

突然現れて、まるで奪うように私を連れ去った張本人。
しかも。あんな。衝撃的な捨て台詞を残して。

「噂なんて、すぐ広まるんだからっ…」
「そのほうが、変な虫が付かなくて俺は安心だけど、な?」

にやりと上がる口角。
不敵な笑み、射抜かれそうになって。
慌てて睨み返す。

この世界、その手の噂はご法度っていうのは。暗黙の了解だけど。
そんなことより引っかかるのは、忍の言葉。

「さっきからそうやってっ…人を自分のモンみたいに、言わないでよねっ…」

強引に奪われた腕。
躊躇なく言ってのけた言葉。

何も感じなかったって言ったら、嘘になるけど。

「一回ぐらい、その…あんな、こと…あったからって…」

自分で言っておきながら、もごもごと口ごもる。

思い出すだけで耳が熱くなる。亮の結婚式での、できごと。

あれ以来、別に何が変わったわけじゃない。
表面上、関係は相変わらずで。

だからこそ、忍の態度をうまく消化できなくて…それもまた、揺れる気持ちに身を任せられない要因。


と、黙って聞いていた忍がふいに口を開いた。

「一回じゃだめだってんなら、二回だって三回だってしてやるよ」
「えぇ?!…っぁ…」

どうしてそういうことになるのか。聞き返す間もなく。
向き直った体に、建物の壁際、追い詰められる。
無理やり絡む視線。そらせない。

跳ねる鼓動。じわじわと染まる頬。隠しようもない。
それでも試みる、わずかな抵抗は。

「やれるもんなら、やってみなさいよっ…!」

精一杯の強がり。上擦る声、宥めながら。

自分から言い出したくせに、目の前の忍も耳まで真っ赤にして。

「本気、だからなっ…?」

吐き捨てた私の体、ぐいっと引き寄せた。


まず、ぶつかる額。鼻の先。
揺れるまつげ。

「なに、震えてんの…」
「悪ぃかよ…ってか、お前もだろ…」
「うるさいっ…」

近づく距離。
あの時は、突然だったから。考える暇もなかった。

手のひらの熱。息遣い。今は、その全てをすぐそばに感じる。
必死に動く心臓。息は、浅くなって。

「ちょっ、ちょっと待ってっ…」

自分の中で起こる変化に、ついていけなくなって。
今さら怖気づいても。

「…もう遅ぇよ…」
「ねぇ、待ってってば…」
「あぁもう!ちょっと黙れ…」
「しの…っ…」

結局は。言葉も、呼吸も。ついに、封じ込められて。

「っ…ぅん…」

体全部を満たす、甘い感覚。
とろりと力は抜ける。

息を継いでは吸い寄せられるように、重なる唇。
意外にやわらかい、なんて。
頭だけ、変に冷静。


「は、ぁ…」

途切れた瞬間、自分のものとは思えないような、切なく甘ったるい吐息がこぼれて。恥ずかしくて。
でも、体を押し返す腕は、完全に無力。

「…待ってって、言ったのに…」

かろうじて紡ぐ、非難の声に。

「無茶言うな…」

そんな返事と、柔らかな抱擁。

目を閉じて、受け入れた。



不器用に。ぎこちなく。でも、こんなふうにして。

二人の形は微妙に変わって。
それは、微妙に心地よくて。


「なぁ、これからどうする?…せっかくだから、どっか行くか?」

降りてくる申し出に。

「…思いっきり順番逆なんだけど…。でも、まぁ、付き合ってあげるわ」

冗談めかして返す声も、全然不機嫌そうじゃない。

「…かわいくねぇの」
「大きなお世話」

お互いに、笑った声。

「じゃ、行くか」
「うん…」

離れる体。惜しむように。
どちらからともなく、手を握った。




2011.2.28


なんか…すみません、な感じの2月更新(注;滑り込みセーフ)でございました。

2月といえばバレンタイン。バレンタイン話じゃないけど、せっかくだから甘々で!
なんて思ってたら、なぜか白昼堂々路チューに(言葉を選びましょう)
久しぶりに、自分で書いててかゆくなりました///
(Rさま、読んでらっしゃったら…生きてますかー?『チュウ』は妖怪じゃないですよっ)

最初に出てきた人の空気っぷりはハンパないですが(笑)
芸能界って、ホントにこんなようなこと(悪い人が寄ってきたり悪い人に取り入ったり…)あるんでしょうかねぇ…?