かつ、かつ、かつ。
足早になるほどによく響く靴音が、
ますます苛立ちを煽る。

「ちょっと待てって!!」

少し遅れて後ろから飛んでくる声と、慌てて不規則になる足音。
振り向いてなんか、やるもんか。

「ついてこないでよ!帰るって言ったら帰るの!!」
「…わぁったよ。けど…歩いて帰る気かよ」
「…」

確かに。今日は車で出かけたのだから、歩いて帰るには程遠い距離。
でも、

「せめて家まで送らせろ」

イライラの元凶の申し出に、応じる気はさらさらなくて。

「…ほっといてっ!!」


ムダだってことはわかってる。
歩く速さなら、すぐに追いつかれる。

でも、なんとかこの状況から抜け出したくて、
小道を選んで、むちゃくちゃに進んだ。


何の当ても、なかったけど。




さくらいろマジック




ケンカなんて。
今も昔も、星の数ほど。


きっかけはほんの些細なことで、
思い出すことすら難しいぐらい。

今日だって…ええと。そうだ。
…考えてみれば、くだらないこと。


それなのに。
一度火がつくとなかなか後には引けない性分。

日常生活に、野獣の本能なんて必要ないのに、
そんなところだけ、健在。あの頃のまま。


ふ、と、我に返って顔を上げると、明らかに見覚えのない風景が目に入る。
ずいぶん歩いてきたらしい。
見回すと、時間的に車通りも人通りもまばらな、閑静な住宅街。
思わず足を止める。

「…」

短くつく、ため息。
怒りにまかせてこんな場所まで歩いてきてしまった自分も、正直信じられなかったけど、

それよりもっと、あきれたのは。


「…忍、あんたいつまでついてくる気?」
「だから、送ってくって言ったろ?家の方角じゃない気もするけど」


冗談めかした声の主は、少し後ろ。
本気を出せば、すぐに追いつけるはずなのに。

「…頼んでないし」

呟いて、再び足を進めた。



季節は春の始まりで、吹く風もずいぶんと穏やかな昼下がり。
なのに、それには全然似つかわしくないとがった空気をまとって。


少し遅れて聞こえる靴音は、
私のそれとは対照的な、穏やかなリズムを刻む。

なんだか自分一人、イラついてるのがバカらしくなるぐらいの。


と、突然、

「…なあ、沙羅。疲れたし、ちょっと休憩しようぜ?」

気の抜けたセリフに、思わず躓きそうになる。


いつだってそうだ。

自分だってすぐにカッとなる性分のくせに。
ケンカになると、怒るのは私ばかり。

嵐が過ぎ去るのを待っているような、
むしろどこか、楽しんでるような。

そんな態度に逆なでされて、

「勝手にすればいいでしょ!」

吐き捨てるように、言い放った。
だいたい、頼みもしないのについてきておいて、疲れたも何も。

「もったいねぇな。今しかねぇんだぞ?」

すると続いたのは、どこか含みのある言葉。

なにが?
反射的に返しかけたけど、

きっと試しているんだ。私の反応を。

そんな気がして、口をつぐんだ。
応えたら、負けのような気がしたから。でも、

「怒ってばっかいると、見逃しちまうぜ」

次の言葉で。
ぷつりと。私の中で、何かが切れた。

「誰のせいで怒ってると思っ…!!」

頂点まで達したイライラを、握った手にこめて振り向いた、

その、鼻先。

ちらりと舞って、掠めたのは、
小さな丸いひとひら。

「あ…」

反射的に見上げた先には、その元になる花を、たくさんつけた大きな木。

「桜だ…」


『今しかない』――――

忍がそう言ったものの正体は、住宅街の一角を彩る、桜色。桜並木。

それは今まさに満開を迎えて、淡く白く、嘘みたいに咲き乱れる。


一発引っ叩いてやるつもりだった手のひらも、
言い放とうとした言葉も、

苛立ちに縛られた心さえも、吸い取られるように奪われて。

「…」

その場に立ち尽くす私に、

「見逃すには、惜しいだろ?」

なんて。
悔しいけど、否定する言葉も見つからない。


いつの間にか近づいた距離で、
頭のてっぺん、す、と、触れる右手。

「ちょ…なにやってっ…」
「…いや、花びらついてる」

何食わぬ顔で呟いて、そのまま。
左手は背中に回って、動く気配が無い。

「…ちょっと…早くとってくれない?」

痺れを切らした私が見上げると、

「そうあせるなって」

ニッと、いたずらっぽく作った表情。
そこで初めて気づく。謀られたと。

「…ついてるなんてうそでしょ」
「さぁ?」

わざとらしく、とぼけてみせるけど。

桜色の魔法に惑わされた私には、
もう振り払う気なんて無いこと。知ってるくせに。


悔しくて背中に立てた爪は、
たいしたダメージにならないどころか。

「こういう花見も悪くないな」



降ってくる声は満足そうに、春の風に乗って届いた。




確かに。

きっかけは今回も、例に漏れずにどうでもいいことだったし、
いつまでも怒ってるつもりもなかったし。

ただ、いつの間にか丸く収まったなんて、
腑に落ちない気も、少し。


「ところで…」

並んで歩き出した、ほんの数歩。
忍がふいに呟いた。

「道、覚えてんのか…?」
「あ…」

はっとして、辺りを見回す。

住宅街。というのはわかるけど、
道順はおろか、景観すら印象は薄い。
と、なると。

「でたらめに歩いたから…」
「俺も、お前についてきただけだから…」

顔を見合わせて、黙りこむしかない。


いくらなんでも、あまりにも後先考えなさすぎだ。
…悔いても仕方ないけど。

「…まあいいか。とにかく行くぞ」

先に沈黙を破ったのは忍で、さりげなく取る左手。

くい、と、引かれる力で歩き出す。


緩やかな下り坂。
行きとは違う、穏やかな足取りで歩く。


心地よい力に身を任せて。



今度は立ち並ぶ桜並木にも、目を向けて。




2009.4.5


2009年桜SS無事upできましたー!!
思えば初めて書いた季節モノが、去年の桜SSなんですよね。
季節ネタが2週目になったと思うと、なんかしみじみ…(笑)