Love holiday
休日の、昼下がり。
昼食は簡単に済ませたから、後片付けはそんなにない。はずなのに。
思うようにはかどらない。食器をすすぐ手、時々止まってしまうのは。
流れる水音の向こう、注がれる視線のせい。
「…何、見てるの?」
対面式のカウンター、頬杖を付く忍に、問いかける。
不敵に吊り上げた口元から、返ってきた言葉は。
「…好きだから」
「な…」
突拍子もなく、私を混乱させる。
「何バカなこと言ってんのよっ…」
戸惑う声、宥めようと必死になる私に、気づいているのかいないのか。
忍はなおも続けた。
「バカなことじゃねぇ。好きだぜ、沙羅…」
「…っ、昼間からお酒を出した覚えはないんだけど」
「酔わなきゃ言っちゃいけねぇのか?」
冗談めかした返事も、跳ね返されて。
「べ、別に…そういうわけじゃ、ないけどさ…」
もごもごと、口ごもった。
こんな直球の言動。戸惑うこともあるけど。
くすぐったく、胸が疼くのも事実。
ただ、素直に応じられるかどうかは、別問題で。
「で…?」
「え…」
「お前はどうなんだ…?」
そんな予想外の追い討ちには。正直、うろたえてしまう。
「…、コーヒー淹れるね」
「って、おいっ…」
行き場のなくなった熱が頬を染め始めたことに、気づかれないように。
洗い物は、半ば強制終了。水の滴る食器は、かごに伏せたまま。
ポットを持って、コンロのほうへ。とりあえず、視界の外へ。質問から、逃げるみたいに。
それは忍にはもちろん、自分自身にさえ、見え透いた動き。
「もうっ、仕事の邪魔なんだから向こう行っててっ…」
よくわからない言いがかりだ、なんて思いながら。
追い払うみたいに、ひらひらと手を振る。
ちぇ、と非難めいた声と、足音に、ひとまず胸をなでおろした。
答えなんて、考えるまでもない。
長い月日を、一緒に過ごしてきたから。
忍が求めてる答えも。自分の気持ちも。ちゃんとわかってる。
…そして、長い間すれ違い続けた2つが、今は同じになったことも。
でも、口に出すのはやっぱり簡単じゃない。
もともとそういうのは得意じゃないし、昔の名残、変な強がりが邪魔をする。
磁石のように反発しあった忍と。こんなふうに、なったこと。
今でも信じられないぐらいだから。
火にかけたポットから、立ち昇りはじめる湯気。もうすぐ沸騰する合図。
カップを出すために食器棚の扉に手をかけつつ、
ちらりとカウンター越し、ソファのほうを盗み見る。
「…?」
いつもソファの背から見え隠れする黒髪、確認できなくて、不思議に思った瞬間。
「あっ…」
いつの間にか、背後に移動してきた気配。
気づいたときには、その腕の中、捕らえられていた。
獣よろしく気配を消すのがうまいのは、昔から。
私と違って、今も、現役。簡単に捕獲される。
「悪ぃ、脅かしたか」
言いながら、ちっとも悪びれてない声色。
睨み返そうにも、顔はちょうど頭の上。
「なんなのよ、もぅ…」
「答え、」
「…え?」
「まだ聞いてないんだけど?」
「…っ」
考えてみれば。忍があの程度で大人しく引き下がるはずがない。
案の定、再び追い詰められる。今度は逃げられない。
「っ、そんなのっ、わざわざ言う必要ないでしょっ…」
早くなる鼓動を隠すように、語気を強めて切り返したけど。
「いや、大アリだ…」
「っ…?!」
言葉と一緒に、くるりと向き直らされる。
「なっ、ちょっと…」
いつの間にか確保された手首。それ以上に。
逸らせない眼差しに。やさしく、でも確実に仕留められる。
ポットのお湯が沸点に達して、時々カタカタと震える蓋、持ち上がる。
「あ…」
「言うまで放さねぇからな…」
わざと意地悪く、に、と微笑む。
焦る私の視線に、気づいたんだろう。
「もっ…バカっ…」
もがいたところで、力では敵わない。
その上。
「たまには聞かせろよ…」
熱を込めた視線。いつもより低くした声。
即効性の甘い毒。じわりじわりと、侵されたら。
私は、抵抗する術を失う。
「っ…わかった、わよっ…」
仕方なく、といった声色。努力して。
「言えばいいんでしょっ?!言えば…っ…」
強がったふうに見せても、ホントはもう。
じゅう、と、溢れたお湯が蒸発する音に、募る焦燥感さえも。
高揚を煽る。そのぐらい、追い詰められてる。
それでも、お湯と同じように沸騰した頭に残った、最後の理性。
真っ赤に染まる顔、見られないように。忍の肩口、押し付けて。
「私も…私も、あんたの…こと、…」
最後のほうは、耳に返る自分の声を、聞くのも恥ずかしくて。
小さく小さく、消えそうな言葉。ようやく、紡いだ。
なかなか治まってくれない鼓動の下、
熱に侵された頭を、なんとか揺り起こす。
「…気が、済んだでしょ…も、放して…」
忍の肩越し、目をやったコンロは。見事に水浸し。
とりあえず、火の始末。…もう消えてるけど、まだ栓は開きっぱなし。
それから。多分、吹きこぼれて、ポットの中身は、ほとんどなくなってるから。
もう一度、沸かしなおさないと…
そんなことを考えながら、ごそごそと身を捩る。
ようやく緩んだ手首の拘束、抜け出して。伸ばす指先、届くより先。
忍の手が、パチンとコンロのスイッチを切った。
そして、そのまま解放される、と私の予想、裏切って。
ぎゅう、と背中に回る腕。抱きしめられる。
「え…忍…?」
戸惑う私の耳に、次に届いたのは、熱を帯びた吐息。
「やべぇ…」
「へ?」
「余計に放したくなくなっちまった…」
「えぇっ!?…きゃぁっ!」
いきなり抱えあげられて、軽々と宙に浮く体。
問答無用で、ソファまで連行される。
「ちょっ、…コーヒーはっ…?」
「コーヒーもいいけど…」
降ろされたと思ったら、言葉と一緒に加わる力。くるりと、回る天地。
目の前に落ちてくる前髪。触れそうな近い距離で。
「たまには甘いデザートってのもいいな」
「っ、ばかっ!」
不敵な笑みからその言葉の意味するところ、悟っても。
未だ、全身を、頭を。蝕む毒は抜け切らない。
力の入らない腕は、すぐに押さえ込まれる。
「お前がかわいいこと言うから悪いんだぜ?」
「あんたが言わせたんでしょっ…」
「そうだっけ」
「もうっ!」
からかわれて、翻弄されて。
悔しいはずなのに。
そっと、重なる唇。
触れる指先も。
心地よい、感覚。幸せな、感触。
言葉以上に伝え、伝わる証。体いっぱい感じるために。
私は目を閉じて、ただ身を委ねた。
2011.5.9
なんというイチャラブ…!!(恥)
5月ということでGWもあることだし『休日』をテーマに書き始めたつもりが…
あれよあれよという間にこんなことになってしまいました。
しかもGW終わりましたしね(笑)
けど、これでようやくぶぅパソの『好き』変換の一発目が
『隙』じゃなくなるんじゃないかと思います。(なぜそうなるのか長年の謎。そんな頻出単語じゃないですよね。どう考えてもww)
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