Holy night




香ばしい匂いが、鼻を掠めて。
はっとして、視線を落とすフライパンの上。
じゅうと音を立てて焼けたチキンは、焦げる寸前で。

パチン。
急いで火を止めた。


お皿に盛られた料理には、いつもより気合を入れたつもり。
赤や、緑。クリスマスカラー。

食卓に運んで、ふと目に留まるのは、
窓際に置いた、クリスマスツリー。


きれいに飾り付けられたツリーは、きらきらと華やかだけど、
その中に1つ。すすけた天使は、あの時の。




『来年には』――――――――


あいつがそう言った、次の年、
あいつの言ったとおり、あの戦いは終わった。


そして訪れたクリスマスの日。


ところどころに戦争の傷跡は残るものの、街は華やかに彩られて。
そんな中、待ち合わせた公園の時計台。今でも覚えてる。


「悪ぃな。こんな日に呼び出しちまって。先約とか…あったんじゃねぇか?」
そう言ったあいつに、

「ないわよ、そんなの」
そっけなく返すと、

「そっか…」
照れくさそうにそっぽを向いた横顔は。


また、一段と大人びて。




あれから何回、この日を迎えただろう。


もちろん、いつも一緒というわけではなかった。
離れていた時期もあったし、


何も言わず、黙って、行ってしまったこともあった。


それはまるであの時の、あの人のように。


でも、あの時と違ったのは、
いつも必ず、私のそばに、戻ってきてくれたこと。

そして。



がちゃりと扉が開く音。
気づいて振り返る先の、その人は。


今でも私のそばに、いてくれること。



「さっみぃ〜…」

ぶるっと震わせる肩。それから髪にも。
よく見ると、うっすらと白く積もらせているのは、

「雪?」
「あぁ。急に降ってきやがった…」

言われて窓に目をやる。いつの間にか、外は雪模様。
道理で冷えてきたと思ったら。

「と、これ、頼まれてたやつな」

受取った袋には、お願いしていたシャンパンのビン。
がちゃがちゃと予想外な音に中をのぞくと、

「どれがいいかわかんなかったから、とりあえず全部買ってきた」
「…」

銘柄の違うビンが、3本もひしめいていた。

「あのねぇ…」
「ま、たまには飲もうぜ。…それにしても、腹減って死にそうだ」


脱ぎ捨てた靴もそのままの、横顔。後ろ姿。

大人びた、なんて言うのもおかしいぐらい、大人になって、
反対に、そこに残った無邪気な面影に気づかされるようになった。この頃。



「おっ、うまそ〜!早く乾杯しようぜ」
「はいはい、もう、ちょっと待ちなさいよ…」

急かされて食卓につきながら、ついたため息は、
思ったよりも幸せそうに聞こえた。

自分でも意外なぐらいに。




外は雪。
音もなく降り続く。


曇った窓が物語るのは、外の寒さ、凍える空気。
それから部屋の中に流れる、暖かくて穏やかな空気。


あの頃もう二度と、触れることが出来ないと思ってたもの。


「メリークリスマス」


差し出されて、慌ててぶつけたグラスの頭。
チン、と、か細い音が響く。


流れる時間は、幸せで。幸せすぎて。
でも。何度も回り道して、時には失いかけたものだから。

ふと、不安になる。


いつまでこうしていられるの…?


もしも、あの時みたいに投げかけたら、何と答えてくれるだろう。


死ぬまでずっと。

そう、答えて欲しい。



きっと私も、そう答えるから。




明かりを落とした部屋。

わずかに残された光は、食卓のキャンドルと、
それからツリーのイルミネーション。


照らされる、やっぱり頼もしいその眼差しに。
見つめられたら急に泣きそうになって、ぎゅっと唇を結んだ。


つんと痛くなる鼻の奥。
こみ上げた熱を逃そうと、無造作に投げた視線の先で、




あのときの天使が、微笑んだ気がした。




2008.12.23


2008年クリスマスSS後編です。

実は当初は三部作予定で、白熱前の部分をもうちょっと書きたかったのですが、
時間の関係で断念(涙)
あと、ホントはイヴの夜にUPしたかったのに、都合で前日になってしまいました;
いろいろグダグダですみません…

後編は、BGM『あなたに楽しいクリスマスを』(by.ベイビーフェイス)でお送りいたしました。…あんまり『楽しい』雰囲気ではない気がしますが(笑)