処方された薬は、無機質なアルミに包まれた錠剤。
前に私も飲んだことがある。
よく効くけれど、しばらくは食事も取れないぐらいに胃をやられる。
そんな副作用を抑えるために、胃薬も、添えられている。

思いやりのかけらもないラインナップ。早く治すことだけが先決の。
ゆっくりと休むことすら許されない、今の状況。仕方がないとはいえ。

せめて、少しでも負担を減らしたくて、
コップに注いだのは、人肌ぐらいのぬるま湯。

そのほうが、効きが早いし胃にもやさしいと、昔母から聞いたことがあったから。

薬と一緒に、トレイに乗せて。
こぼさないように、細心の注意を払って運ぶ。

珍しく熱なんか出した、その人のもとへ。




for a moment




目に飛び込んで来たのは、脱ぎ捨てられたブーツとグローブ。
点々と道になった先、膨らんだ毛布がごそりと動く。
着の身着のまま、とにかくベッドにもぐりこんだ、そんな形跡。

「…信じらんない」

呆れ半分、言葉は口をついて。
とりあえず、手にしたトレイをテーブルに置くと、
散らばった抜け殻を拾い集めた。


ベッドサイドにブーツを揃えて、その拍子、覗き込んだ寝顔は、
ぐっすりというより、ぐったり。そんな表現がぴったりくる。

うっすらと額に浮かぶ汗。
少し、荒くなった呼吸。
何より。
戦争という状況下、浅い眠りが習慣になってしまっている忍が、
隣に人が来ても、目を覚まさない、なんて。


ミーティング中に、いち早くその不調に気づいたのは亮だった。
忍は、大したことないと息巻いて、医務室行きを拒んだけど。


でも、この状況を見ると、強制送還して正解だったんだろうと思う。

ふぅ、と、落ちるのはため息。

薬を飲ませる指令を任されたとはいえ、起こすのは気の毒に感じて。
とはいえ、薬だけ置いて帰るのもなんだか忍びないし。
…第一、ぬるま湯も冷めてしまうし。

少し考えて、私は、メモを残して出直すことにした。

ベッドに腰掛け、紙に用件を記す。
起きたら部屋に内線を入れるように、と。

「よし…と。きゃっ…」

立ち上がろうと体を支えた腕に、ふいに、何かが絡まる感覚。

思わず小さく声が上がって。
慌てて口をつぐんだけど。

「んぁ…?」

起こしてしまったらしい、掠れた声。
気だるそうに開いた瞳と目が合って。

そして、絡められたのは忍の腕だったことに気づく。

「あ…悪ぃ…」

忍自身もそれに気づいたらしく、第一声は、謝罪の言葉。
でも。

「ちょ、ちょっ…何やって…」

引っ込むどころか、もぞもぞと体を寄せられて。
予想外のことに、不覚にも声が上擦る。

「お前…あったけぇな…もうちょっとだけ、このままいてくんねぇ?」
「なっ…」

何バカなこと言ってんのよ、そう言おうとしたけど、
腕も、声も、見上げる視線も。
普段からは想像もつかないほどに力なくて。
本当に、簡単に振り解けてしまいそうで。

…だからこそ、そんなことできなくて。

「もう…」

仕方なく、もう一度ベッドに座りなおした。

「…服ぐらい着替えたら?」
「寒いから、やだ…」
「…じゃ、せめて薬飲んで」
「いい…今、欲しくねぇ、から…」
「あのねぇ…いるとかいらないとかじゃなくて…」
「…」
「…?忍…?」

だんだんと、小さく消え入る声。最後には。
返事の代わりに、心なしかさっきよりも穏やかになった寝息。

「ったく…子どもみたい…」

鋭い眼光を湛えた瞳も、閉じられてしまえば、まだまだあどけなさが残る。
寝顔だけはかわいい、なんて、まさに腕白盛りの子どもそのものだ。妙に納得して。

「今だけ、だからね…」

独り言のように、呟いた。



戦いは、激化の一途で。
こうしている一分一秒後には、出撃要請が出るかもしれない。
そうすれば、どんな状況だろうと、戦地に赴かなくてはならない。

多少の無理を押して出撃しているのは、みんな同じ。でも。

操縦の要、忍は。

私たちとは比べ物にならないぐらい、体力も精神力も消耗していること。
決して顔に出すことはないけど、よく知っている。

それでも、誰も忍の代わりはできない。
忍自身も、それを求めない。

きっと、今この瞬間にエマージェンシーが鳴り響いても、
勢いよく飛び出していくんだろう。

だから、子どもみたいなわがままも、
ゆっくり眠ることすら、今だけの。


その『今』が、少しでも長く続くように、願いをこめて。


すっかり眠りに落ちてしまった寝顔。
いつも助けられてばかりの私が、唯一、守れるもののように思えて。


しっとりと汗ばんで顔にかかった黒髪を、そっと指で掬った。




2010.1.28


2010年最初のup、やってそうでやってなかった風邪ひきネタでしたっ!

設定は、TVシリーズ後半。沙羅ちゃんが、忍くんをちょっとだけ意識し始めた20話以降ぐらいかなぁ、と勝手に思っております(笑)

それにしても去年の『Free Bird』といい、なぜかぶぅは1月になると忍くんを愛でたく(愛でてるのか?)なるらしい…