暑さも本番。といえば。
日本では、8月、といったところ。

ここ、オーストラリアは。
日本とは、間逆の気候。今は、12月。

街中に出ると、そろそろクリスマスシーズンだとか。この暑いのに。

こっちの人にとっては、ごく当たり前のことなんだろうけど、
俺としては、この気候、恋しくなるのは、サンタよりも…




Fall in blue




同じようなことを考えたヤツがいたらしい。

訓練が休みの週末のこと。
面白そうな事やってるから、と、誘われて行った食堂には、
まだ昼前だというのに人だかりができていた。

背伸びして覗くと、その中心で、誰かがなにやら説明しているようだ。

「この機械で、氷を削るんだ。こうやって〜…」

茶色い髪。くりくりとした瞳。
あまり見覚えのない顔だけど、多分、1期か2期か下の生徒だろう。
まだあどけない少年といった感じさえする。

そいつの手が、機械のハンドルを回すと、
しゃり、しゃりという繊細な音とともに、
氷は、まるで雪のようにカップに降り積もっていく。

「それで、シロップかけて…できあがり〜!」

手にしたカップには、山盛りの氷。そこにかかる色鮮やかなシロップ。
カキ氷。まさに、日本の夏の風物詩というやつだ。

物珍しげに見入っている者が多い中、俺の頭には故郷の夏が思い出されていた。



人だかりがまた人を呼んで、数分後には、食堂はどこかの祭り会場のようだった。
というのも、そいつが言うには、

「無性に食べたくなってさ、うちから道具を送ってもらうことにしたんだけど、どうせなら大勢でやったほうが楽しいかなぁと思って」

それで、これだけのカキ氷機と、数種類のシロップと、ついでに氷まで大量にもちこんだというのか。
どういうヤツかは知らないが、考えることは一緒でも、やることのスケールは違いすぎる。

同郷ながらに面食らいつつも、ちゃっかりもらってきたカキ氷を、しゃくしゃくと崩す。
ブルーハワイの青色に、透明な氷が染まっていく。

と、ふいに隣で氷の山と格闘していたヤツが、俺を肘で突っついてきた。

「おい、あれ…」

ちらりと目配せで示した先、目に入ったのは。

人だかりの中でも目立つ、赤い髪。
偶然通りかかったのか、騒ぎに目を丸くして。

結城沙羅。同期の、言うなれば、クラスメイトみたいなもの。

「相変わらず、いい女だよなぁ…」

そいつが、言うように。
確かに、きれいな顔立ちをしているとは思う。
顔だけじゃない。颯爽とした立ち居振る舞いなんかも、他とは一線を画している、というか。

「でも、教官の女だもんなぁ…」

教官のシャピロと付き合っているらしい、というのは。
噂というより、もう公然の事実に近くて。

ただでさえ目を引く容姿、異性からは色目で見られ、
一部の同性からは、やっかみの対象として距離を置かれて。

それでも、気にする素振りを見せることもなく、
訓練にも、誰より懸命に取り組む姿を知っているから。

「やめろよ、そんな言い方…」

その一言に、俺は思わず言い返していた。


再び、赤い髪を目で追う。

休みといっても、教官には業務があるのだろうし、
何よりあの男が、こんなお祭り騒ぎに加わるわけもない。

だからなのか、ぽつりと、どこか寂しげに見える表情が、
気になった…というわけでも、ないのだが。

いつの間にか、ゆっくりと人ごみを掻き分けて、近づいていた。

後ろから、教官に殺されるぞ、なんて、悪態が聞こえる。
そんな気ねぇよ、と返したけど。

じゃあ、一体どういう気だったのか。自分にもよくわからなかった。



「夏祭り、みたいだな」

そうかけた声に、沙羅はようやくこっちに気づいたようだった。

「そうだね。懐かしい…」
「なかなか帰れねぇもんなぁ…」

距離もさることながら、まとまった休みを取ることも難しい。
故郷への道が遠いのは、みんな同じ。馳せる思いは強い。

「っと、それより…食わねぇのか?」

うっかりしんみりしそうになって、慌てて示したのは食堂中央。
いつの間にか、セルフサービス状態になったカキ氷機。

「あ、うん」

足を進めかけたところで、沙羅はくるりと向きを変えてこう言った。

「ねぇ、ちょっともらっていい?」
「なっ…」

そんな申し出に、激しく動揺してしまう。
明らかに勝手な妄想は。

「スプーンもらってくるね」

その言葉に、危ういところで歯止めがかかる。
なんだ。そういうことか。そりゃそうか。そりゃ、そうだ。


足早に戻ってきた沙羅は、スプーンを手に、再度許可を求めるように首を傾げてみせる。

「あぁ…。あ、こっちのほう食ってねぇから…」
「うん」

さすがにスプーンは共有しないにしても、これはこれで、なんとなく気が引けて。
氷の山の、まだかろうじて崩さずにいた部分を差し出すと。
控えめに掬って口に運んで。冷たい、と、笑顔。

「もっと食えよ」
「ありがと」


それからしばらく、かわるがわる氷を掬った。
だんだんと平らになった山。青い色は、濃くなって。

「久しぶりに食べるとおいしい」

言って微笑む瞳も、そう言えば、青。
こんな近くに見るのは初めてのこと。

俺の頭に入り込んでくる。
まるで、氷に侵食していくシロップ。かすかに覚える眩暈。

ごまかすように切り出した。

「これ、食ってたら舌真っ青になるよな」
「うそ、見せて?」

べぇ、と出して見せた舌に、沙羅はくすくすと笑う。

「ホントだ。変なの」
「そういうお前もだろ」
「あ、そっか」

唇の間から、ちろりと覗かせた舌は、やっぱり奇妙に色づいて。
でも、それを差し引いてもやけに色っぽくて。
また、胸が騒いでしまうから困る。

俺が勝手に心を乱されてることなんて、知る由もなく、
沙羅は屈託のない表情で、また微笑んだ。


考えてみれば、こんな顔を知らない。
過ごした時間は、案外長いのに。

どこか大人びて、完成されたように見えていた。

訓練中の、真剣な顔。
時々見かける、教官といるときの顔。

手の届かない、別世界の存在のように感じていたけど。

今の顔は。
同じ年頃の。むしろ、幼ささえ残るような。


氷を掬う手は、心なしかスローペースに。
この笑顔を。ただ、もっとずっと、見ていたかったから。



祭りの後。
そんな言葉がぴったりの、人もまばらになった食堂。

「じゃ、戻るね。これ捨てとくから」

カップとスプーンを取り上げる代わり、そんな言葉を残して、沙羅が去った後には。

「おい、お前ら何話してたんだよ?」

手荒な質問攻め。
ぐいぐいと、頭をロックされる。

「ってぇな…なんでもねぇよっ!」
「怪しいな…」
「怪しくねぇ!」
「ウソつけ」
「ウソついてどうすんだよ?!」

確かに。別に何があったわけでもない。それなのに。

いつまでも脳内を侵し続ける青。笑った顔。

苦しくてついたため息、そのわけは。
どうやら首を絞められているせいだけではなさそうだ。



2010.8.19



士官学校時代に初挑戦!したのはいいのですが、
赤道の関係で(笑)8月分更新なのに12月のお話になっちゃいました;
まあ、体感的に夏ということで!

二人はただのクラスメートという感じで、忍くんのほうは、ちょっとだけ意識しだしたころでしょうか??
とはいえ、この頃はまだ明確な気持ちはなくて、淡い初恋という感じかと…書いてて恥ずかしいですね;

沙羅ちゃんの何気ない言葉に勝手にドキドキしたり、ちょっと妄想しちゃったり(笑)まだ『男の子』な忍くんが表現できてればなぁ、と思いますv