Bittersweet Feeling

 



ここなら誰も、いないだろう。
そう思って踏み込んだ、格納庫裏の空き地。
 
「…あ」
「…」
 
目が、合ったのは。
 
結城沙羅。同じ、日本出身で。同じクラスの。
 
「何してんの?」
 
すました顔。倉庫の壁にもたれて、投げ出した足。さらりと風になびく髪。
同い年、だけど。少し大人びて見える…大抵、男のほうがガキだ、とは言うけど。
それを差し引いても、他の女とは、明らかに一線を画している。
 
一瞬、目を奪われながら。
 
「いや、…」
 
言いかけて、口をつぐむ。
俺のしてることは。女のこいつにすればきっと、卑怯者、だろう。
 
今日はバレンタイン、で。
 
もともと、この国の習慣は日本とは違う。
でも、日本人の俺に対しては、あくまで日本式に、とでも思うのだろうか。
 
渡したいものがあるから、なんて呼び出された。
 
気持ちはありがたい。けど、正直興味はない…し。
だいたい、どんな顔してればいいのかもわからない。
 
だから。ひとまず姿をくらました。
 
「あんたのこと探してる子、いたみたいだよ?」
「…あ?あぁ…」
 
歯切れの悪い俺の返事に、何かを感じたらしい。
 
「…そっか、逃げてきたわけね」
「…」
 
いたずらっぽい微笑み。痛いところを突かれて黙り込む。
 
「っ、そういうお前はっ…」
 
自業自得とはいえ。優位に立たれるのは、なんとなく癪に障る。
こういうところが、ガキなのかもしれないけど…仕返しのつもり、聞き返そうとして。
は、と目にとまる。
 
沙羅の膝の上。小さな箱。
 
そうか。こいつも、『誰か』に…。
 
一瞬、自分でもよくわからないけど、胸の奥が小さく疼く。
 
ただ、よく見るとその箱は、開封済み。
中に並んだ一口サイズのチョコレートも、中途半端な数で。
 
俺の不思議そうな視線に気づいたのか、沙羅は肩をすくめる。
 
「せっかく作ったのに、捨てるのもったいないしね」
 
その言葉に、何となく状況を察する。
つまり受け取り手は、俺と同じことをした、わけだ。
 
「…男って、そーいうの照れくせぇんだよな…」
 
慰めてるのか言い訳してるのか、自分でもよくわからない台詞。口をつく。
 
「あんたと違って逃げ出したりはしなかったんだけどね。いらないってさ…」
「俺と違って、って…」
 
つきかけた悪態は、愁い含みの瞳に吸い込まれる。
 
目を引く容姿。気が強くて。でも謙虚で女らしい一面もあって。
言い寄ってくる男は多いと聞く。
 
そんな沙羅からとなれば、大抵のやつは喜んで受け取りそうなものなのに。
 
一体、どこの誰なんだろう。
 
それに。
いくら言い寄られてもなびくことなく。
だからといって、それを鼻にかけたり利用することもせず。
男所帯の中、女を言い訳にすることを嫌って、人一倍努力して。
 
そんな沙羅が、こんな表情をするのだから。
きっと、心から惚れた相手、なんだろう。
 
そんなことを考えていると、胸の奥がざわつくような、不思議な感覚を覚える。
 
自分の意思とは無関係に湧き上がる感情。
苦いような。痛いような。むずがゆいような。
 
制御できない不快感を振り払うように、わざとあっけらかんと切り出す。
 
「俺にもいっこくれよ」
 
沙羅は、一瞬きょとんとして。
でも俺が指差した先に気づくと。
 
「いいよ」
 
言って。
立ち上がって、持っていた箱ごと俺の手に押しやった。
 
「へ…?」
「食べかけで悪いけど、あとはあげる。自分で作って自分で食べても、つまんないしね」
 
ぺろ、と舌を出す。
 
いつもみんなといるときに見せる、隙のない凛とした表情とは。
一転、あどけない仕草に。ドキリとする。
 
「その代わり、ちゃんと約束の場所、行ってあげなよ?」
 
言われて思い出す。…すっかり、追い出されていた記憶。
 
「あー…いや…。お前にもらったから、もういいや」
 
よくわからない理論。
自分のことは棚に上げるとはまさにこのことで。
 
「っ、それとこれは別!っていうか、あんたにあげたわけじゃないし!」
「でも、もらったし」
「じゃあ返してよ!」
「やだね」
「もう!!」
 
押し問答に紛れて、一粒、口に放り込んだチョコレートは。
 
予想外に、苦くて。かなりきつい洋酒の風味。
俺にはまだよくわからない、大人の味。
 
瞬間、咳き込みそうになったけど。
 
これを贈られるはずだった相手に。負ける気がして。おもしろくないとか。
わけのわからないライバル心。ふつふつと沸いてきて。
 
喉の奥、かあ、と熱くなる感覚。
必死にやり過ごした。



 
2013.2.20


ブログのほうにupさせていただいた2013年バレンタインSS、ようやく移動しました。

士官学校時代、しかもまだ1年目?な二人のひとコマです。
まだお互いに特別な感情もなく(沙羅ちゃんにいたってはあの方に片思い中)、ただのクラスメイト。でもすでに運命は始まってる…という感じでしょうか。
ラブラブの二人から逆算して、こういう初期を妄想(というか捏造?)するのも楽しいですw