ごろりと打つ寝返りは、もう何度目だろう。

時間的にも、いつもより少し早い。
でも、眠れない理由は、それだけじゃない。

ベッドの上、うっすらと目を開いて、サイドボードの時計を見る。
デジタル表記。暗い部屋の中でもはっきりと目に飛び込んでくる表示は。

6月7日。PM11:55

あと5分。

頭の中、そう呟く。

あと5分。そして、日付が変われば。

出発の日。
それから俺の…。

胸の奥から湧き上がる苦い味、飲み下して。
襲ってくるはずもない眠気を待って、もう一度布団をかぶった。




Birthday Call〜チカクテトオイ〜




お互いの誕生日を知ったのは、もうずいぶん昔のこと。

最初の頃は、悩みに悩んで、プレゼントなんかも用意したけど。
お互いに、物欲はないほうだったから。

俺の誕生日は、沙羅が手料理とケーキで、お祝いしてくれて。
沙羅の誕生日には、少し気取ってレストランで食事をする。

そんな形に、いつの頃からか落ち着いた。

今年も、俺の誕生日が近づいて。
例年通り、沙羅はメニューをあれこれ考えているようだった。

一年に一度。
普段は、お互いに忙しくて、なかなかゆっくり食事する時間もないから。

その日は、俺にとってはもちろん。
沙羅にとっても、特別らしい。いつも、張り切って。

でも。そんな中、突然俺に下った通達。

ちょうどその日から。俺は海外遠征に借り出される。
しばらく…数ヶ月の間。

つまり今年は。
俺の誕生日はもちろん。沙羅の誕生日も、一緒に祝えないということ。

事実状退役している沙羅には、正式な形では知らされない。
俺が、伝えない限り。

すぐに言うべきだったのに。
がっかりした顔を見るのが辛いなんて、自分勝手な理由で、ずるずると先延ばしにしてしまった。

そうこうしている間に、情報はどこからともなく人伝に伝わって。
そのことが、結局、遠征の事実以上に沙羅を悲しませることになり。

…連絡も途絶えたまま、今日に至る。というわけだ。


自業自得。それ以外の何ものでもないとはいえ。

せめて一言、謝れたら。
声だけでも、聞けたら。

未練がましくそんなこと、考えている。

ため息と。再びの寝返り。
どうがんばっても、このままでは眠れる気がしない。

体調管理の面でもあまり推奨されないのは承知の上だが、
酒の力を借りることにする。

徹夜明けよりはマシ…とか、心の中で妙な言い訳をしながら。

ベッドから這い出して、冷蔵庫に向かおうとした瞬間。

ピリリ、と響く音。
枕元の携帯。急いで手に取る。

鳴ったのは軍支給の端末ではなくて、個人の。
ということは、仕事絡みの呼び出しではない。
でも、だとすれば…

「!!」

暗闇の中、ぼんやりと点灯する画面に映し出される名前に、思わず息を呑む。

戸惑う間に、何度か繰り返す着信音。留守番電話に切り替わりそうになって。
慌てて通話ボタンを押す。

まず、何をおいても。言わなくちゃいけないことは、ただ1つ。なのに。

「久しぶり、だな…」

何とかそう切り出したきり、唇は空回り。なかなか言葉にならない。
そんな俺に。久しぶりに聞く沙羅の声が紡いだのは。

『っ、別に、許したわけじゃないからっ…』

先手を打った、身も蓋もない台詞。がくりと、文字通り、こけそうになる。
でも、すぐ後に、小さく言葉が付け加わって。

『…けど、おめでとう…だけ、…』
「え…?あ…」

時計を見れば、いつの間にか日付は変わっている。
というか、まさに今、変わったところで。

「え…もしかして、この時間…待ってた…とか?」

自分のしたことを棚に上げるわけではないけど、あまりにもできすぎたタイミング。
うっかり希望的な解釈が口をつく。

『っ、違っ…偶然よ、偶然っ』

否定の言葉は、わかりやすく上擦って。
むしろ、肯定の意味。

思わず口元が緩みそうになるのをこらえながら。

「…さんきゅー、な…」

まずはお礼と。それから。

「あと…悪かっ、た…」

やっぱり、どうしても言っておきたかった一言。
普段、悪態ばかりつきなれているせいか、照れくさくて、つっかかるけど。

しばらくの沈黙のあと、電話越し、小さなため息。

『…言ってくれたらよかったのに…』

ぽつりと、呟くような声。耳に届く。

『私、そんなことで機嫌損ねるような、子どもじみた女じゃないつもりだよ…?』


その言葉は、ぐさりと胸に突き刺さる。

そう。もしも沙羅が。沙羅の言う『子どもじみた女』だったなら。
逆に思い悩むことはなかっただろう。

でも違う。
きっと沙羅は、何も言わない。
何も言わずに、笑顔で俺を送り出す。

だからこそ俺は。目を、背けてしまった。
その笑顔の裏側を、気づかぬふりはできないから。

「わかってる…ごめんな…」

もう一度、謝罪の言葉。今度は幾分スムーズに口をつく。と。

『…まぁ、私も…意地、張りすぎだったと思うし…その…お互いさま…ってことに、しといてあげる…』

沙羅からの返事。最後のほうは、ごにょごにょと口ごもりながら。
でもどうやら、許しは得られたらしい。

ほっと胸を撫で下ろす。
と同時、沸いてくるのは、新たな感情。

謝りたい。声を聞きたい。
そうすれば、心残りなく出発できる。はずが。

「…じゃあ、さ」

調子がよすぎると思われるのは、承知の上。
でも。疼きだした胸の奥。ごまかせない。というか、ごまかす気がないのか。

「今から、行ってもいいか?」
『えっ…』

突然の提案に、返ってきたのは当然、驚きの声。

『こっ、こんな時間…明日、早いんじゃないの?っていうか、なにも準備できないし…』

あたふたと慌てる様子、電話越しでも伝わってくるけど。
否定の要素は見当たらないから。

「お前がいれば、それで充分だ」
『えっ、ちょっ…』

そんな言葉で、強行突破。
何か言いたげな沙羅の声を遮って、ぷつりと電話を切った。




2013.6.8


2013年忍くんお誕生日SSでしたー。

今回は、白熱後、すっかりくっついた後の二人でございます。
お互いがお互いを思うがゆえに、すれ違って、時々こじれて…でも行き着くところはいつも一緒。
きっと二人は最初から最後までこんな感じなんじゃないかなぁとぶぅは思います。

余談ですが、今は昔ぶぅが学生の頃、好きな人の誕生日の0時ちょうどにメールを送るっていうのが流行ってた時期がありました(びっくりするほど不要な情報)