暗闇に慣れた目には、明るすぎる照明。 くら、と軽い眩暈。 客を迎える店員の声。 どこか機械的なのが、こういう店の特徴らしい。 それなりに久しぶり、ではあるけど。 別に初めてってわけじゃない。 ただ。 「注文…先、いいぞ」 「あ、うん…」 ぎこちなく交し合う会話の相手。 質より量とスピードを求める、そんな客層の中には不似合いな容姿。 こんな形で。こんな相手と、来るのは。 どう思い返しても、初めてのこと。 メニューを覗き込む横顔。さらりと流れる髪。 思わず見とれて。思わず、目をそらした。 alive〜いつかこの手を〜 向き合うトレイ。 それを挟んで、俺と、沙羅。 世間的にはきっと、ありふれた光景は。 それでも俺たちにとっては、特殊な状況。 ほんの少し前までは。心も、体も。この星になかった。 傷ついて、疲れ果てて。 生きることすら、否定して。 俺が『戻って』こられたのは。 目の前の、沙羅のおかげ。 そして沙羅も。 月明かりの下、感情に任せて口走ってしまった俺の言葉。 思い出すのも照れくさい。それでも本気の本音に。 うなずいて。だから、ここにいる。 「…食べられそうか?」 男女の差とか、抜きにしても。明らかに違いすぎる。 ハンバーガーと、ポテト。それに飲み物。 オーソドックスなセットメニュー。捌けていく速度。 「やっぱ重すぎたか…?」 「大丈夫…」 ぱく、と、食べたのか食べてないのかわからないような一口。飲み込んで。 見せる笑顔は、いつも通りとは、ほど遠い。 それもそのはず。数時間前に、目を覚ましたばかり。それに。 きっとまだ、根強く疼く心の傷も。 「…無理すんな」 「うん…」 連れ出しといて、言えることじゃないか、なんて思いながら。 俺もまた、ハンバーガーに手を伸ばす。 こっちはもう、残り半分。 かぶりつけば、あっという間に、残りは4分の1。 「忍、早いよ…」 「お前が遅いんだろ…って、あ、別に急ぐことねぇから。ゆっくり食え」 「ん…じゃあ、ちょっと手伝って」 そう言って指すのは、まだほとんど減ってない、山盛りのままのポテト。 トレイの上、くるりと向きを変える。 「あ、あぁ…」 うなずきながら。いつの間にか、汗ばんだ手の平。 妙に緊張していることに気づく。 考えてみれば。戦いの中、寝食を共にしてきたとはいえ。 それは任務中だったり。緊迫した状況だったり。 何の余裕もなく。 今は。 ポテトをつまむ仕草で。きれいな指してるんだ、とか。 そんなことにまで気が向いて。 密かに昂る鼓動。落ち着かせようと、泳ぐ視線。むしろ不審。 ちょうどいいタイミング、開いた入り口のドアに、目をやるふりをする。 「こんな時間なのに…結構人来るんだね」 俺につられてそっちを振り向いた沙羅が、少し驚いたような声で言った。 確かに、夜半をすぎて、どちらかというともう朝も近いというのに。 店内の席も、がらがらではなくて。 新たに入ってくる客も、ちらほらと。 取り戻した平和、実感する一方で。 「こっちじゃ、あれから結構、経ってるみたいだからな…」 ため息混じり、答えを返す。 俺たちが宇宙を彷徨ってる間に、地球時間は思ったよりも、進んでいたらしい。 何年も、ってわけじゃないけど。少なくとも、数日ではない。時間のずれ。 だからそれなりに復興も進んで。戦争の爪あとも、表面的には薄れて。 ちょっとした浦島太郎状態に、若干混乱する。 そしてそれは、沙羅も同じ。 「なんだか、取り残された気分…」 寂しげな微笑みに、ぎゅ、と苦しくなって。 「俺がっ…いるだろ」 「えっ…?」 「いや、俺も…雅人も、亮も。それから…博士も、ローラだって…」 勢いあまって口走ってから。 ぞろぞろと付け加える、名前。失礼な話。だけど。 「…そうだね」 沙羅は、ふわりと、さっきとは違った笑顔になるから。 俺も胸をなでおろした。 最後まで戻ってくることを拒んだ、その心を。引き止めたからには。 幸せに、なってほしい。ならなきゃいけない。 なんなら、してやりたい。 大それたことはできないし。 何も、ないけど。 でも、俺にとって沙羅は。やっぱり。まぎれもなく… 「忍…」 と、ふいに名前を呼ばれて、まっすぐに見つめられる。 吸い込まれそうに蒼い瞳、釘付けになる。 こく、と、無意識に飲み込む息。 改まって、何を言われるのかと思えば。 「…ケチャップついてる…」 「へっ?」 肩の力、抜けるなんてもんじゃない。 いろんな意味で、熱くなる耳。 唇の端、手の甲で拭いかけて。 「あ…さんきゅ…」 無言で差し出されたナプキン、慌てて受け取った。 2人で…というか、ほとんど俺が。つついたポテトの箱、空になる頃には。 沙羅も何とか自分の分を食べきって。 来たときと同じ、機械的な声に送り出されて、店を後にする。 外は、薄明かり。 基地に着く頃には、日も昇るだろう。 少しずつ射してくる光。 夜を、溶かすように。 それは、心に落ちた黒い影も、闇さえも、切り裂くように思えて。 「え…どうしたの…?」 急遽ルートを変更して、山道に進入した俺に、沙羅は驚いて尋ねた。 「せっかくだから特等席で見ようぜ」 そんな言葉を、返して。 車を停めたのは、山の中腹。眺めのいい駐車場。 さすがにこの時間、他には誰も見当たらない。 外に出ると、ひんやりと冴えた空気が頬を撫でる。 毛布か何か積んでいなかったかと、後部座席を探ってから、 先に車を降りた沙羅を追いかけて。 「っ…」 1人たたずむその姿に、ドキリとする。 風に揺れる長い髪。愁いを湛えた横顔。 その頬を、つ、と一筋の涙が伝った。 見つけ出した毛布を手にしたまま。 声もかけられずにいると。 「あ…ごめん…。あんまり、きれいだったから…」 俺の視線に気づいて、沙羅はをごしごしと涙を拭った。 生まれたての太陽は、きらきらと光をまとってあたりを照らす。 確かに心奪われる美しさでは、あるけど。 涙の理由が他にあることぐらい、さすがの俺でもわかる。 再び前を見据えた沙羅の。まるで何かを断ち切ろうとするみたいな、強い、視線。 ずっと、見てきたから。だから思う。 踏み出す一歩は、簡単じゃないかもしれないけど。 ゆっくりでいい。急がなくても、いいから。 「今度は風邪引いて寝込むとか、勘弁してくれよ」 敢えて明るく切り出すと。 「ほら」 「ちょっと…!」 非難めいた声を無視して、毛布を頭からかぶせて。 「夜はもう、終わりだ…」 「…」 「新しい日の、始まりだな…」 「っぅ…」 震える肩と、押し殺す声。 わかっていたけど、気づかないふりで。 俺は黙って、ただ隣で。 まぶしい光を放って昇る太陽を見つめていた。 ひたすらに走り続けた月日。 失うばかりだった、大切なもの。 でも、そんな夜は明けて。 新しい一日のように、新しい未来が。始まればいい。 「帰るか…」 昇りきった太陽。見届けて。 ふいに、手を取る。それだけじゃ、満足できなくて。指の間を、握る。 自分でも意外な行動。俺以上に、驚いたんだろう沙羅は、少し腫れた目を丸くしたけど。 「転んだら、困るから、な…」 「え…っ?!」 わけのわからない言い訳と一緒に、走り出した。 「ちょっと忍っ、なんでそんな走っ…」 「みんなが起きる前に戻らなきゃやべぇだろ?」 「そうだけどっ、もぅ…」 今はまだ、その手は引かれるがまま。 俺が一方的に、つないだだけ。だけど。 いつかは、握り返してくれる日が来れば。 そばにいてほしい人。 沙羅にとって、俺も、そんな存在になれる日が来れば。 いつか。 いつか、そう遠くない未来には。 2011.1.24
タイトルから丸わかりですが『alive〜キミのとなりで〜』の続編(というか、忍くんサイドの最終話?)でしたー。構想は頭にあったのですが、なんかいろいろと間に合わなかったため(!)続編としての発表となりました;; 長く苦しかった夜を抜けて、朝を迎えようとするとき。 ここから2人は始まるのかなぁなんて思ってます。 とはいえ、2人それぞれの目線で書いていると、 自分の気持ちには気づき始めてるけど、まだ素直にそれを肯定できないでいる沙羅ちゃんと、 沙羅ちゃんを想うあまりになかなか気持ちを伝えられない(そして片想いだと思ってる?)忍くん… まだまだスーパーヤキモキタイムは続きそうです(単にぶぅの趣味とも言うw) 『moon phase〜』から考えると、実にシリーズ6作目! ぶぅの中では最長新記録でしたが、これにて『alive』シリーズ完結でございます。 長らくのお付き合い、ありがとうございましたv |