『もうすぐ花が咲くよ』
  
たった一言のメールに、添えられた写真には。

小さな鉢植え。青々とした葉と、ちょこんと座ったいくつものつぼみ。
その中の、今にも開きそうにふくらんだ1つが教える。
花びらの色は赤。
送り主の髪と、同じ色の。




You Gat Mail




その鉢植えが置いてある場所を、俺はよく知ってる。

一番日当たりのいい、南向きの出窓。

毎朝そこに立って、水をやるのが日課。

たまに頼まれて、しぶしぶ手伝った。


最後に見たときまだ小さかった葉は、ぐんぐん伸びて。
嫌でも時の経過を思わせる。

それだけ、お前に会ってないってことも。



そっけない文字に、もう一度、目を落とす。

返事を求める内容ではない。

それはたぶん、なにかと忙しくて時間を取れない俺が、
すぐに返さなくてもいいように気遣って。


好意を無駄にする気はなかったけど、
いてもたってもいられずに、席を立つ。

ほんとは、今だって仕事と仕事の合間。
時間なんて、ほとんどない。でも。

お前の声を、どうしても聞きたくて。



『…もしもし?』

案の定戸惑い気味な声は、思った以上に懐かしく響く。

そりゃ、前話したのがいつなのかを思い起こしてみれば、
当然といえば当然。

「久しぶりだな、沙羅」

冷静を装っても、上擦る声をなだめながら続ける。

「メール見た。休みだったのか?今日」
『そう。あんたは?』
「今、休憩中…」

口をついて出る嘘は、せめてもの罪滅ぼし。
忙しくてずっと電話すら、していなかったことへの。

「元気にしてるのか…?」
『まあね、相変わらずよ。あんたこそ、ちゃんと食べてるの?』
「あぁ、心配いらねぇよ」

ぽつり、ぽつりと、会話が続く。

「花、もう少しだな」
『うん。今週中には咲き始めるかな』
「そうか…」

会えなかった時を埋めるのに必死で、どことなくぎこちないやりとり。

でも、その時間はとても心地よくて。
他愛もない話を繰り返しながら、このままゆっくりと流れていく、

そんな錯覚さえ覚えてしまうけど。



「…!」

慌しく動き出す、周りの気配。

こういうのを、敏感に察知できてしまうのは、長年の勘、というやつだろうか。
視界の端にちらちらと映る人影。
無理やり作り出した時間が、そう残っていないことを告げる。

『行かなくて平気…?』

沙羅も、俺と同じ勘が働いたらしい。
何も電話越しの空気まで読み取れなくてもいいのに、と思う。

「…また、かけるから…」

仕方なく切り出す別れの言葉。

『わかった…』

覚悟を決めたみたいな、相槌のあと。

『ねえ、忍…?』

もう一度、呼び止められる。


そして掻き消えてしまいそうな、小さな声。
受話器に耳を押し当ててなんとか拾ったのは、


『花が全部咲く頃には…』


次に紡がれる言葉、予想できたから。
そしてそれに対する答えは、きっとお前が期待してるものじゃない。


…きっとまだ、帰れない。


だから、聞こえなかったかのように、言葉を重ねた。

「花が咲いたら、また写真送れよ」

電話口、言葉を呑み込んだお前に、
気づいていたのに気づかないふりのままで。



たたずむ時間もないままに、壁から体を引き剥がす。

不満もわがままも何一つこぼさないのは、俺のためだってわかってる。

でも、息が止まりそうなほど痛む胸のわけは、
そんなあいつがやっと呟いた本音にすら、答えてやれなかったから。


もう一度呼び出すメール。
添えられた写真。小さな鉢植えと、つぼみたち。

きっとその咲く姿を、この目で見ることはできないけど。


強く美しい花であればいいと思う。



毎朝あそこに立って、花に水をやる、
同じ赤い色の髪をした、あいつみたいに。




2008.11.10


出来心で書いてみました。遠恋な2人。
詳細設定は、ご想像にお任せということで(笑)
秋深まる中、せつないテイストを目指した…つもりです;