『明日、空いてるか?』

特に知らせたわけでもないのに、タイミングよく休みの前日に鳴る電話。

そしてちょうど何の予定もなく過ごすつもりだったから、
どこかに出かけようという誘いに、快くOKを返した。




Flow experience




どこかに、と言っても、大抵は目的のないドライブになることが多い。

今日も、11時ごろに会って、少し早めのランチをして、
その後は特に、何も決まっていない。

それでも、行き先に悩むことはない。

日常と切り離された小さな空間の中、他愛もない話をするのも、
いつものコースだったりするから。



なんとなく目に付いて入った映画館。

話題の映画は当然のようにチケットが売り切れで。
選んだのは、特にチェックしていなかった、マイナーなSF映画。

別に期待しないで席に座ったけど、
これがなかなかよくできたストーリー。いつの間にか惹きこまれて。
隠れた名作発見かも。嬉しくなって隣を見ると。

忍は、アクションシーンには目を輝かせて見入ってるくせに、
ドラマチックなシーンになるとあくびを連発。

思わず横から肘で突っついてやった。



映画館を出ると、近くのアーケードを歩いて。

ふと見つけたおしゃれな雑貨屋で、
この前割ってしまったカップの代わりを探すことにした。

忍は、
「こういうところは性に合わねぇ」
と、すぐに痺れを切らして外に出たと思ったら、
しばらくして、やたら大きな袋を抱えて戻ってきた。

やる、と、差し出された中には、
お世辞にもかわいいとは言いがたいクマのぬいぐるみ。
暇つぶしにやってみたクレーンゲームの景品なんだとか。

よく見たら、不細工だけど憎めない顔立ちに、吹き出したらにらまれた。



それから、
『海に行こう』なんて。
相変わらずの突拍子もない思いつきで、
海岸沿いに車を停めた。


季節はずれで誰もいない砂浜。

湿った海風は少し冷たくて、思わず小さく寄せた肩。
突然、覆いかぶさってきた黒いジャケットに驚いて顔を上げると、
波打ち際に駆けていく、忍の後姿。

「悪ぃ、上着預かっといてくれ」

そんな言葉と、脱ぎ捨てられたスニーカー。

子どもみたいに波に挑んでいく忍を、あきれながらも追いかけた。



いつの間にか、空は赤く染まって。
沈みかけた夕日が、水平線を照らす。

砂に足をとられた拍子、ずり落ちかけたジャケットを引き寄せた手。
そこにはめられた腕時計に、ふと目をやる。

そういえば、ずいぶん長い間、時計を見ることも忘れて…。

2本の針が示す時刻に、思わず目を疑った。



「そろそろ帰らねぇと…な」

いつの間にか引き上げてきた忍も、時計を気にしながら呟いた。


いつも突然の思い付きから始まって、どこへ行くでもない、何をするでもない。
特別なことも何もない。そんな2人の時間。

でもそれは、他のどんなことよりも、すべてを忘れさせてくれる時間。


まさに、至福の。


明日からまた始まるあわただしい日常のことを考えると、
このあたりで終えるのが正解なのかもしれない。


でも。


「悪いけど、預かっといてくれる?」

忍の手に押し付ける、借りてたジャケットと、はずした腕時計。


それから靴を脱ぎ捨てて、波立つ海に、足を踏み入れる。

思った以上に冷たい水が、頭の先までキンと貫いて。


身震いした瞬間。
後ろから抱きすくめられた。


「…預かっといてって、言ったのに」
「誰も来やしねぇって」

見ると、その腕にあったはずの時計も、私と同じようにはずされていて。


きっと2つ並んで砂浜に置き去りにされたそれは、今もチクタクと時を刻んでいるけど。


「沙羅…」

返事の代わりに振り向いたら、
唇を、奪われて。



2人の時間は、止まった。




2008.10.27


『flow experience』
心理学用語ですが『何かに夢中になっているときに生じる、忘我の感覚』という意味だそうです。
サイト立ち上げ記念ということで、なんてことはない1日だけど、2人でいれば時間すら忘れてしまう…そんな感じのラブラブな2人を目指してみました(笑)
ちなみにぶぅは、最近しのさら妄想しているときにこうなってます(イタイ)

今までハマったものはいろいろありますが、ここまで創作が続いたのも初めてなら、サイトももちろん初めてです。
ここまで来れたのも、遊びに来てくださる皆様のおかげだと思っています。本当に、感謝でいっぱいです。

まだまだ未熟者ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。