純白のドレスに身を包んだ花嫁の美しさに、誰もが息を呑む。そんなときに。

隣に座る別の女に、目を奪われていたなんて。

誰にも、特に。


亮には言えない…



5.



 会場に入ると、前のほうの席から雅人に手招きされた。なにもそんな最前列を陣取らなくても…。
やれやれといった感じに息をつきながら、呼ばれた方へと歩く。

そしてその場所にたどり着くと、

「席取っといたから」
にっこりと通されるのは、まるで計られたような席で。

亮の言葉とあわせて、改めて感じる。あの日の雅人の、やけにむきになっていた態度の理由はやっぱり。
思い起こして噛み付くような目線を送る。雅人はにらまれた理由に心当たりがないようだったけど。

すとん、と椅子に腰掛けると、隣に座る赤い髪が揺れる。ちらりと、こちらを向く視線。

仕事柄、自分と違ってさりげなく着こなしてはいるけれど、やはり普段とは違う装いに目を引かれる。
薄い黄色のワンピースは、すらりとした手足や、きりりとした表情を引き立てて。

「よぉ。久しぶりだな」

思わず見とれてしまいそうなのを、目をそらしてごまかす。

「そうね」

久しぶりの会話は、お互いに1言ずつ。
それでも、鼓動を跳ね上げるには、十分すぎて――――




 鐘の音が響くと同時に扉が開く。つい先ほど神の前にその愛を誓った二人の姿が現れると、誰からともなく、拍手が沸き起こった。
 
結局、沙羅の姿を盗み見るのと、目をそらすのと。
そんなことをしていると、いつの間にか式が終わっていたなんて。

…やっぱり、亮には言えない。

飛び交う祝福の言葉に振り返る花嫁が、そのお返しのように、手にしたブーケを高く投げ上げる。 

花嫁のブーケは、幸せのおすそわけ―――――
 
結婚式などほとんど出たことのない忍だったが、そんな知識が頭の片隅にないわけではなかった。

ブーケを受取った者が、次に結婚するとか、そんなジンクスも。
だからこの瞬間に、多くの女の子たちが勝負をかけてるってことも。

でも、今の忍にとってはそんなことは関係なく、きらきらと太陽の光を纏って舞う花束を受取って欲しいのはただの1人で。

それも、できれば自分の手から渡したい。
散々遠回りしてたどりついた、やっと伝えられる気持ちと一緒に―――――

ほとんど反射的に手を伸ばす。

驚くほどすんなりと、手のひらに収まる花たち。
それはまるで、待っていたように。

当然のことながらざわめく周囲に、別に俺が欲しいわけじゃねえよ、と一瞥する。
忍はまっすぐに、その人の前まで歩いていった。

「沙羅…これ、やるよ」
声とともに、半ば強引に花束を押し付ける。

「えっ?」
何がなんだかわからずに驚いて目を丸くする沙羅に、忍はもう一度、あの日と同じ質問をぶつけた。

「あの時…俺に言ったよな?好きだって」

「だからっ…バカなこと言ってんじゃないって…!」

帰ってきたのは、やはりあの日と同じ反応だったけど。
違うのは、忍の中のもやもやが、確信に変わっていたということ。

「バカなことじゃないさ。証人だっているんだし」
言って、亮のほうを見やる。

亮は、笑って肩をすくめた。

「あいつ…」

苦々しく唇を噛むその表情に、
「なあ、沙羅…」
「…」
呼びかけると沙羅は何も答えず、代わりに迷ったように目を伏せる。

でもそれはもう、否定ではなくて。

「うそとか冗談、ってなら、今のうちに取り消せよ」

「そんなこと…ない、けど…」

消え入りそうな小さな声。言い終えたのを確かめると、じゃ、いいよな?忍は独り言のようにつぶやく。

「え?」
沙羅が聞き返した、瞬間。

「っ…?」
忍の手が沙羅の肩を引き寄せる。

驚きのあまり、されるがままになっていた沙羅の、唇に。

忍は自分のそれを重ねた――――――――



本当は、言葉には言葉で返したほうがいいのは
忍にもわかっていた。

だから、返す言葉を探そうと試みたには試みたのだが。
…すぐに断念した。
あんまりこまごまと、考えるのは性に合わない。

結局言葉に対する返事は行動を伴って。
というか、むしろ行動が先立って。

場所をわきまえろ、なんて言われるだろうことも。
沙羅の性格上、その後どうなるかだって。

とっくに予測はついていたけど。


唇が離れると、真っ赤に染まった沙羅の顔。

その視線は、しばらくゆらゆらと泳いでいたけれど、次の瞬間、キッと忍を捉える。
そして、案の定。

「…忍っ!!」

ばちん!!!

あの日と同じ、頬に痛み。

「なに考えてんのよ、あんたは!!」

ざわめくギャラリーたちをちらちらと気にしながら、にらみつけてくる沙羅。

「…ってて…相変わらず本気で叩きやがって…」
思わず手をやった頬。ひりひりと痛む。

でも、この痛みこそが、沙羅に伝えた気持ちの証。そう思えて。

「これが俺の、返事ってことさ」

「なっ…」

そんな言葉に、また顔を赤らめて目をそらす沙羅に、
忍は満足げに微笑んだ。


「それにしても納得いかないんだけど」

そんな2人を、少し離れた位置から見ていた雅人が、亮に不満そうな表情を向ける。

「沙羅ってば俺にだけ口止めするなんて、ひどいよ。いいなぁ亮は」
「それだけお前が信用ないってことだろ。弱みを握られることばっかりしてるからだ」
「いっ…!?」

見事に言い当てられて、ぎくりと肩を震わせる。

「雅人、口止めってなんのこと?弱みって…?」
「う、ううん、なんでもないよ、ローラ。あの2人、うまくいくといいよね〜なんて。はは…」

隣にいたローラに尋ねられ、とっさにごまかし笑いする雅人。
ローラは意味がわからずに、変なの、と、口を尖らせた。



抜けるような青空に、再び教会の鐘が響く。

それはまるで、

やっと取り戻した平和な日を。ようやく通いはじめた心と心を。
祝福のする音色のように。


いつまでも空に、鳴り響いていた―――――――




2008.6.15


連載第5回。最終回です。
こんな長さの文章を書くのは10年ぶりぐらいだったので、無事に終わってホントによかったです…(涙)
読んでくださった方、ありがとうございました。