『覚えてろよ』

そう誓ったあの日から、約1ヵ月。


そう誓ったものの。

自分の甲斐性の無さには、正直嫌気がさす。

いろいろと頭をひねっても、気の利いたこと1つ、思いつかなくて、
俺にできることと言ったら、あとはこれぐらい。

むしろこれしか、ない…か。

手にしたカードキーは、なじみのない感触。
人目を気にしながらポケットに突っ込むと、
俺はいそいそと基地を後にした。




Birthday song〜カレのフクシュウ〜




沙羅は、最近やたらと忙しいようだった。

なんでも、近く大きなショーがあるということで、
連日その追い込みで大変なんだとか。

帰りは日付を越えることもあるって言ってたから、
まあ、ある種の賭けといえば賭けだったけど。


事務所の前に車を停めて、少し倒したシートにもたれ、
雑音交じりのカーラジオに耳を傾ける。

フロントガラスからは、
この時期としては割と貴重な、澄んだ夜空。
ちかちかと、星が瞬く。

もうどのぐらいこうしているだろう。
そろそろ、傍から見ると不審車両と間違われそうだ。

流れる時報が告げた時刻は、七夕の日の、午後11時。

織姫と彦星も、そろそろ帰り支度を始める時間。
ビルの窓から漏れる明かりが、ようやく落とされた。


てっきり何人かに混ざって降りてくると思ったから、
よく目立つ赤の長い髪が、1人きりで現れたのには少し驚いたけど、

「よう」

声をかけると、俺以上に驚いた顔をしていたのは、もちろん当の本人で。

「忍?!…どうしたの?こんな、とこ…」

大きな瞳が、ぱちぱちとまばたきをする。

「乗れよ。時間がねぇ」
「え?ちょっ、ちょっと…!」

くいっと手を引いて、ますます丸くなる目に、

「いいからいいから」

不敵な笑みを1つ、送った。



やり方を知ってはいたけど、実際に解除するのは初めてな、セキュリティシステム。
ボタン操作とポケットのカードキーで、固く閉ざされた扉を開く。

「ちょっと忍、あんた一体なにする気よ」

斜め後ろから聞こえる非難めいた声。それもそのはず。
鍵を盗み出して、夜中に基地に侵入なんて、下手すりゃ謹慎処分だ。

「いいから黙ってついてこいって」

目指すのは、沙羅もよく知ってる場所。
知ってるどころか、以前は毎日のように、そこから戦地に赴いた。

歩く方向ですぐにわかったらしい。
向けられる、怪訝な顔を、

「晴れてよかったぜ」

言葉で、軽く往なして。



空。

地上からでも今日はよく見えた星が、距離をつめてますます輝きを増す。

操縦桿を握る手が、少し動かし辛いのは、
いつもと違って隣にもう1人、乗っているから。

「なんのつもり?こんな夜中にこんな空の上に連れ出して」

未だに納得の行かない表情の沙羅に、
にやりと笑みとともに返す。

「七夕限定、ナイトフライト」
「えっ?」
「それから…仕返しな。先月の」
「…あ…」

それだけで、事態は呑み込めたらしい。
かすかに、赤らむ頬。
復讐は、どうやら成功だ。

「…でもさ、勝手にイーグル使ったってバレたら、やばいんじゃない?」
「自主トレって言っときゃ平気だろ」
「いや、そういう問題じゃ…」
「ま、そんな心配いいからしっかり味わっとけよな。もうすぐ今日が終わっちまう」
「…うん…」

目の前に、頭上に。
広がる無数の星たち。

遮るもののない空の上は、まさに特等席。

「きれい…」
「あ、あぁ…」

紛れもなく一人乗りの、狭いコックピット内で、
見上げた拍子に肩口に触れた髪に、思わず声が上擦る。

復讐成功のはずが、我ながら、情けないというか、なんというか。

「ありがと、忍」

しおらしく寄せられる視線に、もう、何も言えなくなって。

眼前を横切る、星の川。
息を呑む光景が、はねた鼓動のわけを隠してくれることを、
ただ、願った。



ピッ。


日付が変わったことを伝える、腕時計のか細い音に、
はっと、我に返る。

「…そろそろ、戻るか?」

声を掛けた隣からは、返事はなく。

「…?」

代わりに、すうすうと、寝息。
道理で、途中からやけに重く感じると思った。

「おい…」

長いまつげは伏せられて、目を覚ます、気配も無い。

「ったく…」

沙羅のことだ。
きっと忙しくて、ろくに寝てなかったりするんだろう。

いつも、自覚なく無理をしすぎる性分。
それは、昔から変わってない。

今日も、たった一人、事務所に残って。
誕生日、だったってのに。


「相変わらず無茶してんだろ…」

呆れ半分、呟いて、見つめる先。

柔らかな髪、無防備な手に、触れてみたくなったけど、
寸でのところで引っ込めた指は、所在無く膝に落ちる。

ここが安心して眠れる場所なら、今はそれで。それだけで、いい。

そう感じるほどに、幸せそうな寝顔をしてたから。


「沙羅、おめでとう」

聞こえてないとわかっていても、言っておきたかった言葉。

心なしか、ゆるく弧を描いたように見える唇を、横目に見ながら。


大きく旋回させる機体。
できるだけ、静かに。



隣で眠るその人の、穏やかな夢を、
妨げないように。




2009.7.7



2009年沙羅ちゃんお誕生日SSでした。

自分から行くぶんには大胆だけど、向こうから来られるとちょっとタジタジ…
なんか忍くんにはそんなイメージがあります。
(TVシリーズでも、そんな感じでしたよね。…ね?)
そして今回、待ち伏せに拉致に不法侵入と(笑)わりとやりたい放題な彼ですが、

わき見運転は危険なのでやめましょう。

(読み直して気付く、操縦中のわき見の多さに当人もびっくりです。はははw)