Beast Eyes




野生の獣にとって、相手の目を見ることは牽制のサインだという。
だから、仲間同士は目と目を合わせない。

でも、いかに『野獣』と呼ばれていようとも、今の俺のはそれとは違う。


「忍っ!」

談話室。
後ろから声を掛けられて、コーヒーを淹れる手が止まる。

その凛とした声。一致する人物はただ1人。

「…沙羅か…どうした?」

軽く返事をして振り向くものの、目と目が合いそうになると、俺はあわてて視線を少しはずした。

「長官が探してたわよ。急ぎみたいだったけど…あんた、またなんかやらかしたわけ?」
「別に何もしてねーよ」
「どうだか」
「るせーな…」

疑うような目を向けてくる沙羅に悪態をつきながら、カップを持ってソファに腰掛ける。

「ちょっと!なにのんきにコーヒーなんて飲んでるのさ!?急ぎだって言ったじゃない!」
俺の行動を非難するように、沙羅は語気を強めて詰め寄った。
「敵襲じゃねーんだし、そんなに焦ることないだろ?これ飲んだら行くよ」
言って、ぐいっとコーヒーをあおった俺に、

「…ったくもう…緊張感ないんだから…」

あきれたような口調で、肩をすくめる様子までは、手に取るようにわかった。
でも、そのあと。
ふわりと動いた気配。

かと思ったら突然、正面から顔を覗き込まれたのは、予想外。


「頼りにしてるんだからね、リーダーさん」


見つめられる。大きな翡翠色。
吸い込まれそうな感覚に、くらりと意識が揺れる。

いつからだろう。この瞳に射抜かれて、戸惑うようになったのは。

だからできるだけ、目を合わせないようにしてたってのに。


でも、目をそらしたら負けのような気がするし、そしてなにより、俺が戸惑う原因までばれてしまいそうだから。

「お、おぅ。任しときな」

あえてしっかりと、沙羅の目を見据えて答えた。



ばたん。

ドアが閉まる音の後で、喉もとでなんとかせき止めた熱が、いっきに頭に上る。

「〜〜…」

髪をかきむしる。我ながら情けない。

獣同士よろしく、目と目を合わせて言い争った相手だった。少し前までは。
それなのに今の俺は、さしずめ戦意喪失した獣ってところか。

「こんなんじゃ、ほかのヤツに喰われちまうぜ」

自分に言い聞かせるようにつぶやくと、勢いよくソファから立ち上がる。


そして、まだ頭の中に残る翡翠色を、冷め始めたコーヒーと一緒に飲み干した。



2008.4.17


『目と目が合って吸い込まれそうな瞬間』
ぶぅの大好きな某歌の某フレーズ(どれだけ伏せるんだww)をもとに書いてみました。